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あの女はいつもろくに服すら着ていなかった。
6畳一間のアパート。
トイレはついていたが、風呂はなかった。
何度か引っ越しもしたが、俺と母親が暮らす部屋はどこも似たようなものだった。
どこに引っ越してもまず何よりも初めにあの女は、日焼けした壁に一枚の写真を貼った。
写真にはどこか外国の夕暮れの海辺が写っていた。加工されているのか、鮮やかすぎるオレンジと紫の夕日の中、ヤシの木が濃い影を作り出していた。
俺は何度か尋ねたことがあった。
「それはどこの写真?」
母の答えはいつも決まって同じだった。
「ここはね。楽園よ」
「楽園ってどこにあるの?」
「さあ、どこだったかしら。もう忘れたわ」
母は傷んでパサついた髪をかきあげながら言った。
「きっと行ったら分かるんでしょうね。ここが楽園だって」
俺はそう言われて写真をぼんやりと眺めた。
母はその写真を見ている時だけは目を細め、機嫌が良さそうだった。
だから俺は思っていた。
楽園ってきっとすごくいい場所なんだろうと。
でも現実には楽園なんてなかった。
俺は車の大きな揺れで薄く目を開けた。
両手首と両足首はガムテープでぐるぐる巻きにされていたから、身じろぎするくらいしかできない。
「よくこんな状況で眠れるよな」
隣の妙に可愛らしい顔をした男…センと名乗った奴が可笑しそうに俺を見た。
「別に。こんなの慣れているし」
それはただの強がりだった。
小学生の時に施設に入れられ、16のときそこを飛び出してから27の今まで、かなりやばい橋を渡ったこともあった。
しかし持ち前の嗅覚とこびへつらう根性のおかげで、本当に危険な目に合う前にいつもうまいこと逃げおおせてきた。
そんな俺もついに終わりかもな。
俺はセンのどこか優し気にも見える顔立ちを眺めた。
見た目だけなら、喧嘩などしたこともなさそうなのに。
しかし先ほどのセンから受けた恫喝と、腹に叩きこまれた拳の重さを思い出し、俺の体は自然にぶるりと震えた。車の中で気絶するように眠りに落ちたのも、俺の思考が現実逃避を図ったせいだろう。
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