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⑪
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電車の扉付近に凭れて、流れる車窓を眺めている内に、岩泉の頭を曲のフレーズが ふいに横切る。
以前、職場の先輩がカラオケで歌っていた、古い歌。
(Wow War Tonight、っつったっけ。
今 聞くと すげー沁みる、って先パイが言ってたな)
歌の最後の方のフレーズ。うちに帰ったら眠るだけなんだから、窓に映った自分の素顔を褒めてやれ、
とか、そんな風な歌詞。ぶっきら棒に歌うのは、お笑い芸人だ。
オレの顔も映っている。
……不思議だな。眉間に皺が寄ってねぇ。
岩泉は、窓の外の景色に目を移して、今日一日を思い返す。
ぼた餅を貰った。
イッペイちゃんのマスコットを拾ってやった。
菅原に会えた。
……何だ。結構いい一日だったじゃねぇか。
心のバランスシートがあるとするだろ?
オレの場合、大きな負債は菅原の欠落だ。
そこにプラスの要素をせっせとブチ込んでいって、
赤字を なくすんだ。
もう1回、詳しく。
今日は、ぼた餅とイッペイちゃんと、……それから、電子マネーの残高が思ってたよりも多かった。
昼飯の定食屋で食ったカツ丼が美味かった、あ、お茶に茶柱が立っていた。……そんな小さなことを、ひとつずつ。少しずつ。
だけど、それより何より。
あの2人を……及川と菅原の2人を認めてやれたのが嬉しい。
及川への嫉妬も、菅原への恋情も、包み込めるくらいの穏やかな気持ち。
2人を否定するのでは無く。見ないようにするのでは無く。
受け入れて、受け留めて。
どこか肩の荷が下りたかのような。
ホッとして泣けてくるような。
そうか。
あいつら2人を愛してやれば良いんだ。
それでオレは救われる。孤独を怖れずにいられる。
もう大丈夫だ。多分、大丈夫だ。
あいつらを羨望の眼差しで見ることは、ないだろう。オレを認めて欲しい、とジタバタすることも、ないだろう。
菅原に「好きだ」と言ってきた。
まだ消えぬ想い。
あれは、オレなりの けじめだ。
降伏宣言だ。宣戦布告ではなく。
あいつらに見せた笑顔は、和平の証だ。
いつか「好きだった」と過去形で言える日が来るだろうか。………その日が来るのをオレは望むだろうか?
それは、オレ次第なんだ。
今日は晩飯に寿司の折でも買って帰ろう。少しイイやつを奮発して。
年末に帰省した時に、親父が持たせてくれた旨い日本酒を開けて。
週末の夜だ、映画でも観るかな。
『スタンド・バイ・ミー』でもレンタルして。
夏の冒険を共にした主人公の仲間達は、それぞれ別の道を歩んで行って、そして………。ラストで少し泣いても良い。
独りでも楽しい宵は過ごせる、と書いた作家がいる。心の持ちようで、豊かな時は作れる、と。
そうだよな。
自分を可哀想がるのは、やめよう。
今日も一日が終わる。
歌に倣って、自分のことを褒めておこう。忘れない内に。
岩泉は、ふと視線を動かす。
窓に映った その顔は、静かに微笑み、慈しむように自分を見ていた。
おしまい。
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