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6.婚約破棄
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今夜は騎士団所属の上位貴族の子息も令嬢のエスコートの関係で多くがこの舞踏会へと出席するため、各騎士団に抜けがある。
そのため第一~第五騎士団の中から幅広く警備できる人材を集め各所へと配置しているのだが、その取りまとめを第二騎士団長であるエドワードが担っていた。
自分は伯爵家の次男だから舞踏会に参加しなくても問題ないと本人が申し出てくれたため、今回甘えさせてもらうことにしたのだ。
一緒にいるリカルドも子爵家の嫡男で、騎士服を着用していることから今回警備に当たっていたのだろうことが容易に見て取れた。
「陛下。折角の花嫁選びの場でこのような騒ぎを放置することはできません。お相手は侯爵令嬢のようにお見受けいたしますが、このまま我々の手で退出させていただいてもよろしいでしょうか?」
「許す」
状況を的確に把握した上で冷静な声で告げてくるエドワードにあっさりと頷き、この騒ぎで自分のことが周囲にバレたことだし自分も変装を解いて出直そうと一緒に退出することにする。
「全く…興が削がれたな。この後私の目に留まる令嬢が一人でもいてくれればいいのだが……」
少しだけ間を置いた後そう言って周囲に流し目を送り、ゆっくりとその場で踵を返すとホォッ…と息を吐くような令嬢たちの雰囲気が背中に感じた。
本当に単純な者達だ。
こんな令嬢達の中に本当に自分が求めている王妃に相応しい令嬢はいるのだろうか?
正直先程の恭しく頭を下げるエドの方が彼女達よりもずっと自分の目を惹きつけ心捉えてきたように思えてならないのだが―――――。
そこまで考えてハッと我に返り、自嘲するかのように苦く笑って扉へと足を向けた。
舞踏会場である大広間から出たところで先に出ていた面々と改めて顔を合わせたのには少し驚いてしまった。
とっくに別室へと移っただろうと思っていたのにこれはどういうことなのか……。
そこには何故かミルチェ嬢とエドを引き離すかのように間に入るカミルの姿が見受けられた。
*****
「私は陛下に直接お話したいと言っているのよ!たかが伯爵家風情が侯爵家令嬢である私を無理矢理連行しようなど…!無礼にもほどがありますわ!」
「申し訳ございませんがこれは私の職務。陛下のご許可も頂いておりますので」
「なんですって?!その態度、許せませんわ!お父様に言えば貴方なんてすぐに首を切って解雇できるのよ?!」
そうして噛みつく令嬢にエドワードは淡々と答えていく。
「騎士の誓いは国に、ひいては陛下へと立てるもの。貴女の言い分は通りません」
「なっ…!侯爵家を馬鹿にする気ですの?!」
「ミルチェ!これ以上馬鹿なことを言うな!」
そうしてつかみかからんばかりにエドワードへと噛みつくミルチェをカミルが懸命に引き離しにかかる。
今回の件に関してはカミルとしてもミルチェのしたことを許す気はなかった。
自分を陥れるための恋人偽装に讒言流布(ざんげんるふ)。
公爵家の名を不当に貶めるその行動もまた許しがたいことだし、職務を忠実にこなそうとするエドワードを口汚く罵るのもまた許せないと思った。
「望み通り婚約は破棄させてもらう!これで文句はないんだろう?!」
「勝手なことを言わないでちょうだい!物事にはタイミングというものがあるのに…!」
その言葉に自分の中の何かがスッと冷えるようなものを感じた。
(勝手なことばかり言っているのはミルチェの方ではないか―――――)
これは怒りだ。
怒りの度合いがあるラインを吹っ切るとたどり着く怒りの頂点。
人は怒りの度合いも過ぎるとどこまでも冷たくなれるものなのだ。
「よくわかった。この件に関しては目撃者も多い。すべて証拠を調べ上げてきっちりと侯爵家に対して賠償金の請求をさせてもらう」
公爵家をここまで愚弄してただで済むと思うなよと冷たいまなざしを向ける自分だったが、ミルチェはどこまでも愚かで、ただこちらを睨み上げるばかりだった。
そんなやり取りをしているところで、先ほど見苦しいところを見せてしまったばかりの王の姿がすぐそばで見られ、思わず勢いよく頭を下げる。
「陛下!先ほどと言い今と言い、お騒がせして誠に申し訳なく…!」
そうして平身低頭の自分には構わず、どこまでも空気の読めないミルチェが甘ったるい媚びた声を出し陛下へと不敬を働きにかかった。
「陛下…。先程はご無礼を致しました。けれど私も動揺しておりましたの。先程も申しました通り婚約者の不貞が露見しまして…」
「…………」
ミルチェはそのまま黙ったままの陛下の腕へと自身の腕を絡め、胸を押し付けながら潤む眼差しで見上げながら嘆願する。
「陛下…私を少しでも哀れにお思いになるのでしたらどうぞカミルの罪をお裁きください。もしお救い頂けるのであれば私の全身全霊でもって陛下へと尽くさせていただきますわ」
そんな言葉に場の空気が何とも言えないものへと変化するのを感じた。
王の側に控える近衛騎士達の殺気の高まりが感じられ、このままではまずいと言うことがひしひしと伝わってくる。
これは一体どうしたものか……そう思って冷や汗をダラダラ掻いていると、そんな緊迫した空気の中で真っ先に動いたのは騎士団長のエドワードだった。
王にすり寄るミルチェを一息に引っ張り剥がしその勢いのままに床へとあっさり抑え込む。
そこには侯爵令嬢に対する配慮などは全くと言っていいほどなかった。
「痛っ…!何するの?!無礼者!放しなさい!」
いきなりの暴挙にミルチェが叫びをあげるがエドワードは冷たい眼差しで彼女を見据え、淡々と王へと言葉を紡いだ。
「陛下。こちらの不届き者の処分はいかがいたしましょう?私の方から抗議文の手配を行い、侯爵家へと早急にお送りいたしましょうか?」
「そうだな…。とりあえず文官に話し、すぐに事の次第を書面にして侯爵家に送り付ける。その際にその者も一緒に馬車で送ってやるといい。ああ、カミル。どうせついでだ。婚約解消をお前が申し出た件についても一緒に書面に記しておくとしよう。何、証拠は山ほど持っている。きちんと侯爵家からは賠償金もふんだくれることだろう」
そしてオロオロと戸惑いの表情を浮かべていた黄色いドレスの令嬢とミルチェの従兄であるリカルドへと目を向けると、王は獰猛な笑みを浮かべながら威圧するようにその言葉を告げた。
「お前たちには証言者になってもらう。今回の件で真実を口にすれば罪には問わぬ。私の手元には確かな証拠も揃っている。よく考えて証言を行うことだ」
「はっ、はい!」
「陛下の御心のままに!」
そして本来の正装に着替えに行くのだろう。
王はそこであっさりと踵を返し行ってしまった。
そんな陛下に深く感謝しながらカミルは深々とその背に頭を下げる。
王がどうして自分の無実を信じてくれたのかは知らないが、非常に助かったことだけは確かだ。
これからはより一層仕事でもってこの恩を返していかねばと思いながらそっと顔を上げ、次いで取り押さえられながらもまだ騒いでいるミルチェへとその言葉を言い放った。
「ミルチェ。残念だが、君との縁もここまでだな。ロワル騎士団長、ご迷惑をお掛けしてしまい本当に重ね重ね申し訳ありませんでした」
まさかあのようにミルチェが無礼にも王に許可なく触れるなど思いもよらなかった。
その行動はその場で近衛騎士から斬り捨てられたとしても全くおかしくはなかったところを、彼は一歩先んじて素早く動き取り押さえるだけに留めてくれたのだ。
しかも王の意向を確認するという行為によって温情もそこに願い出てくれていた。
ミルチェ本人は全く理解していないようだが、それは本当に感謝してもしきれない行動だった。
けれどそんなことは気にする必要はないとばかりにエドワードは柔らかな表情を向けてくれる。
「いいえ。カミル様のお役に立てたのならそれで構いません。カミル様には色々とお気遣いいただいたことですし、これが少しでもご恩返しになれば幸いです」
そしてそのまま彼は自分の背後に突っ立っている部下へと目を向ける。
「リカルド。お前の事情は私の方で把握している。それを踏まえて今回の件は私との手合わせで不問にしようと思うが、それで構わないだろうか?」
そんな言葉にリカルドが何故か蒼白になりながらエドワードの方を見つめカタカタと震え始めた。
「だ…団長。それは非常にありがたいご配慮なのですが…その…手合わせは何時間行われるのでしょうか?」
「大丈夫だ。今回の件を鑑みたら、そうだなザっとひと月毎日三時間ずつといったところだ」
勿論それ以外の基礎錬は必須だとさわやかな笑顔で言ったエドワードにリカルドはその場で崩れ落ち、何故か周辺の警備に当たっている騎士達から同情の眼差しを向けられているのがわかった。
「ああ、そうだ。もう少し短期がよければ魔物討伐隊に組み入れることも今なら可能だ。あちらはかなりな大物らしいから手柄も大きいだろう。精鋭で向かわせるし、恐らく一週間で帰ってこれるだろうがどうする?」
「も、もちろん団長の手合わせの方でお受けさせていただきます!今回の私のしたことは仕方のなかった面もあるとは言え、たかだか一週間で償いきれるものではありませんので!それに比べれば団長のストレス解消サンドバッグになるくらいお安い御用ですから!」
「そうか。お前の覚悟は見させてもらった。その心、確かに受け取ったぞ」
そうしてどこまでも優しい眼差しを向けるエドワードを前にリカルドは半泣きになりながら思い切り頭を下げ、ミルチェの拘束は自分に任せてほしいと願い出たのだった。
そんなやり取りを見て『良い上司を持てて幸せだな』とにこやかに思っていたのはその場にはカミルしかいなかったことに、カミルは最後まで気づかなかった。
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