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カラカラっと保健室の扉を開けると、
そこは電気がついておらず、窓からさす陽の光だけで室内の明るさが保たれていた。
.......先生はいないみたいだ。
部屋の中を見渡しても保健医の姿が見当たらなかったため、
どうしよう、とキョロキョロ辺りを見回す。
とりあえず、腕や指にべっとりと付着したこの血が固まってしまう前に洗い流してしまいたい。
部屋の端にある水道の蛇口をひねれば、さらさらと綺麗な水が流れてくる。
ゆっくりとその水の中に手を差し入れると、水が傷口を当たる時にビリビリと痺れるような激痛が走る。
「 ...ったぁ............. 」
水と一緒に血液がどんどん流れていく。
切り傷を水で洗うのは本当は正しくないのかもしれない。
バシャバシャと血と混ざって赤くなった水飛沫があちこちに飛んで、シンクを汚していった。
蛇口をひねって水を止めても、流れる血の方は止まってくれない。
タオルで拭きたかったけどこんな状態で触ったらタオルが汚れてしまうと思い、めんどくさく感じてしまって半ば適当に応急処置だけする。
手がびしょ濡れのまま、棚から包帯を取り出して
不恰好にぐるぐると右手に巻いていく。
水を吸って湿った包帯は、溢れてくる血を吸い込んで直ぐに手のひら側がじわりと赤く染まる。
何度巻いてもやっぱり1番上の層まで血が染み渡ってくるから相当傷が深いんだろう。
これ以上くるくる巻き続けてもキリがないだろうし別になんでもいいや、と思い、包帯をハサミで切ってその上からテーピングで固定する。
手を小さく握ったり開いたりするような動きだけでも、充分痛みが酷くて、思わず顔をしかめて溜息をつく。
さっきの白石くんと女の子の怯えて引きつっていた顔がチラリと脳裏に浮かんだ。
俺.....まじでなにやってんだろ
2人の言葉が未だに信じられない。
俺、なんにも覚えてないのに。
いままでこんな風に自分を傷つけたことなんてなかったのだ。
ましてや記憶が無いなんて恐ろしすぎる。
無意識のうちに自傷行為をして、しかも最初の一瞬は痛みすら感じなかったなんて。
とうとう頭のおかしい奴になっちゃったのかな。
精神的な異常は自分じゃ気付かない、って言うもんなぁ.....
いや、別におかしくなったならなったとして。
その時無意識に傷つけるのはどうか自分自身だけであってほしいと強く思った。
いくら自分で自分を傷つけようと、その被害は自分だけで留まるし結局誰にも迷惑をかけず「自業自得」で済むのだ。
だけど相手がもし他人だとしたら........?
俺がさっき無意識に切りつけていたのが自分ではなく、あの女の子や白石くんだったらどうなってた?
考えただけで恐ろしくて身震いする。
「 あー.......やば、しんどい 」
くらくらと眩暈がして、その場にしゃがみ込む。
怖い。
包帯の上にじわじわと染み出してくる赤の模様が酷く憎らしくて、右手を力一杯握りしめた。
痛みなんて関係ない。
もうこのまま消えてしまいたかった。
痛みも不安も劣等も焦りも後悔も怒りも、一気に消し去ってしまいたい。
もういっそのこと、ここにあるハサミで手首も切ってしまおうか。
誰も困らない、俺がいない方がいいと気づくはず。
ふらふらと立ち上がって、顔を上げる。
唇を噛み締め、痛む右手を押さえて小さく息を吸った時。
「 っつ......は、.....はぁ 」
背後から微かに人の呼吸音のようなものが聞こえた。
「 !? 」
驚いて振り返り、声のした方へ視線を向ける。
すると、
部屋の隅に並んで置かれている3つのベットのうち、
1番奥のベットのカーテンが閉まっていた。
カーテンの下から床に置かれている上履きがチラリと見えて、やっと誰かが寝ていたことに気づいた。
どうやら先客がいて、最初から俺はここに1人じゃなかったらしい。
なぜかそこから動けなくてぼうっと突っ立っていると、次第に奥から聞こえるその声は荒くなって苦しそうな音を発し始めた。
...............うなされてる....?
恐る恐るそのベットに近づいて、カーテンに手をかける。
開けようか、やっぱり開けないか少し躊躇ったけど、
少し様子を見てあげたかった。
そっとカーテンを横に引いて、ベットサイドに近づく。
そこには、頭に包帯を巻いてベットに横たわっている人が1人いた。
「 ん、はぁ.........ぅ、っ...... 」
だんだんと声が荒くなってる気がする。
さっきの微かな声とは違って、今ははっきりと苦しそうな声を発していた。
その子は仰向けで寝ているものの、
自分の腕で口元を覆っていて顔を隠すような体勢で眠っている。
...........そんな寝方したらもっと苦しくなるのに、、、
気道を確保して楽に呼吸させるためにも、
俺はその子の細い手首を掴んで顔から退けた。
「 ................ ! 」
あ、れ?
この子どっちだ.......?
男子の制服を着てネクタイをしているから、男の子なんだろうと思っていたけど、手を退けて顔を見た瞬間わからなくなってしまった。
肌.......白っ.....
っていうか青い。
ブルーベースの真っ白な肌はびっくりするくらい綺麗で、
首や顎のラインもしなやかで細く華奢だった。
色素の薄いグレーの髪はすこし乱れているものの、
艶やかで一本一本が細い。
横に長い目を縁取るまつげはすごく長くて
苦しそうな寝顔でさえも酷く美しかった。
もしかして女の子.......?
だとしたら寝てる時に身体なんて触らない方が良かった。
変に勘違いされて変態扱いされても困るし。
さっさと退散した方がいいと思って、
その場から離れようとした時。
ぱちっと目覚めたその子と目が合ってしまった。
..........やば。
不審者と思われたらどうしよう、、、、
その子はベットで仰向けの状態のまま、突っ立っている俺をじぃっと見た。
なんだか焦点が合ってないような気がする。
寝起きで、とろんとしてすこし濡れた瞳を上目遣いでこちらに向けてくるその仕草はとてつもなく色気があって、
すこし心臓が鳴り出した。
ずっと俺の顔を見たまま何も言わないその子は、
ゆっくりと瞬きをするだけで一向に動きを見せない。
やっぱり怪しまれてるのかな.......
沈黙が続いてなんとなく焦った。
「 えっと......君大丈夫?うなされてたんだけど..... 」
沈黙に焦って、なんか言わなきゃと思ってそう話しかけてみると、やっぱりその子はまだぼうっとしたまま俺を見る。
「 ちさと...くん? 」
そうして次にその子が発したのは俺にとって意外なもので。
「 えっ.....?」
驚いて目を開いた。
なんでこの子の口から「千里 」が出てきたんだ?
ふと、その子が身につけているネクタイピンの色を見ると、
1年生のカラーの赤色だった。
もしかしたら千里の友達?とチラリと考えた。
俺はこの子のことを知らないし、この子が俺のことを千里だと勘違いしているのかもしれない。
寝起きで頭が働かなくて、寝ぼけているんだろう。
「 ちさと、くん............じゃなかった、、、」
おれが千里じゃないことにやっと気づいたその子は、
後頭部を押さえながら「よいしょ」と身体を起こした。
「 なんだ.........おにーさんの方か 。やっぱ似てんな。」
そしてその子の言葉にまた驚かされる。
「 えっと.......俺のこと知ってるの?」
俺が尋ねると、その子はにっこり笑顔になって可愛らしくちょこんと首を横に倒した。
「 はい〜、ちさとくんのおにーさんですよね。おはなしできて嬉しいです。」
初対面の子に、「嬉しいです」と言われてもなんて言葉を返せばいいのか全く分からない。
「 え?、、えと、いつも弟がお世話になってます...... 」
「 いえいえ〜、いつもお世話されてるのおれなんで〜 」
というかこの子、見れば見るほど美人で驚いた。
寝てる時は分からなかったけど、
瞳の色は髪の色とお揃いのグレーで、
切れ長なのに垂れている目は、クールさと甘さを兼ね備えた絶妙なアンバランスで目を惹かれる。
「 そういえば、ここ......どこです?」
「 保健室だよ。」
辺りをキョロキョロしながら聞いてきたから答えてあげると、その子は不思議そうに首を傾げた。
「おれ」って言ってたから態度でなんとなく男の子なんだなっていうのはわかったんだけど、中性的な見た目のせいでなんだか女の子と話してる時のような恥ずかしい感覚がする。
「 じゃあなんで、りょーせんぱいはここにいるんです?」
俺の瞳を真っ直ぐ見つめてそう聞かれる。
なんだか何もかも見透かされそうな瞳で、少し落ち着かない気持ちになるが、別に言っても困ることじゃないから「美術の時間に手ぇ切ったの」と簡潔に答えた。
「 『切れた』じゃなくて『切った』んですか?」
「 .......いや、、まぁ ....そうらしいよ。知らんけど。」
「 へぇ 」
その子が目を細めて笑った....ような気がした。
美人ってたまにすごく不気味に見えるよな。
...................って。ちょっと待て。
「 あの、俺まだ君に名前言ってないよね....なんで知ってるの?........もしかして、千里って友達に俺のことを話したりしてんの?」
「 いやいやまさか、千里くんがおにーさんのこと話してるのなんて聞いたことないですよ!だから俺もちょっと気になっちゃって、今日初めて聞いたらこのザマです。」
そう言ってその子は頭に巻かれている包帯を指でトントンっと叩いてケラケラ笑った。
さっきまで苦しそうにうなされていたとは思えないほど、今は呑気な様子で少しホッとする。
ちょっとこの子の言ってる話の意味が良く分からないけど。
「 それ、頭どうしたの?」
俺が聞くと、彼はニヤリと不敵に微笑んで
「ききたいですか」と言ってくすくす笑う。
「 ちさとくんって結構暴力的ですよねぇ........なのに乱暴になった後はころっと優しくなっちゃったりして。そういう感情の切り替えが早い人ってサイコパスに多いらしいですよ。まぁ悪くいえば情緒が不安定なんですかねぇ」
その子はベットから身体を起こしながら言った。
「 なにごとも、全部自分の思い通りにいくって思ってるトコありますよね。それでそれができてなかったらイライラしてまた感情的になる。でもアタマはいいから周りへの自分の魅せ方っていうものがわかってるんでしょうね、特に大人たちへの自分の売り方がすごくじょうず。ほんと器用なひと」
つらつらと言葉を紡ぐ彼がなんだかとても恐ろしく感じた。
なぜなら、彼が今言ったことは全部俺が千里に対して思ってることであり、俺しか知らないと思っていた千里の一面も含まれていたからだ。
俺以外の人間には上手に振舞って、器用にやっていけてるんだろうと思っていたけど、まさか千里のことをこんな風に見てる人がいたなんて。
しかも俺より年下。
「 ふふっ、どうしておにーさんがそんなに驚いた顔するんですー?あなたが1番よく知ってるはずなのに。かわいいなぁ」
ペロリと舌舐めずりをした彼に恐怖を感じた俺は、
麻酔を打たれたみたいにその場から動けなくなった。
彼はベットから腰を下ろして立ち上がる。
そのまま俺の方に近づいてそっと腰に手を回してくる。
ビクッと俺の身体が跳ねたのを見た彼は
にっこりと笑って口を開く。
「 あのクレバーなちさとくんがあそこまで感情的になって、唯一執着してるのはおにーさんだけなんですよね。だから僕も気になっちゃって。」
身長は同じくらいでも彼の方が華奢なのに
なんだか気圧されてしまう。
鉛にでもなったかのように足は動いてくれないし、
困惑して声も出ない。
そのまま、彼は俺の肩を両手でどんっと突き飛ばしてきた。
「 いった、、」
視界いっぱいに、俺を見下ろす彼の姿が映る。
軋むベットのスプリングを背中に感じて、自分はベットに押し倒されてる状況なのだとやっと理解した。
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