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風呂に入ると手のひらの出血は酷くなった。
流石にこの切り傷で湯船に浸かるのはダメだと思ったから
シャワーだけにしようと思ったけれど、どちらにせよ傷にお湯がかかるたびに痛くて、しきりに傷口を擦っていたら案の定傷口が開いてしまった。
お湯と一緒になって少し薄くなった血液が手のひらを滑っていく。見ていて気持ちのいいものでもないが、なんとなく目が離せなくて頭からシャワーを浴びながらぼんやりと手のひらを見つめた。
鉄臭いような生臭いようなその赤と、
少し消毒薬っぽい水道水のパキッとした臭いに鼻腔を刺激されて不思議と頭は冴える。
相変わらず裂けるような痛みがじんじんと続く。
赤く染まった手のひらをサッとシャワーで洗い流せば、一瞬は綺麗になるものの、数秒もすればまたじんわりと赤い血液が傷口から滲み出て広がっていく。
汚れた掌を見て反射で顔をしかめた。
どうすんだこれ。
血だらけのまま髪や体を洗うわけにもいかないし、あんまり動かすと血があちこちに飛び散って風呂場が汚れる。
大変だけど左手を使わずに洗うしかない。
なんとか片手でだけで頑張って髪と体を洗い流し、シャワーのお湯を止めた。
現在進行形で出血し続けている左手をなるべく動かさないように風呂場から出て脱衣所で素早く体にタオルを巻いた。
どこかに血は垂れていないだろうか……
風呂場や脱衣所やタオルを汚していたら確実に嫌な顔される。しかも血なんて絶対気持ち悪がられてどやされるに決まってる。もちろん心配なんかしてくれる訳もないだろうしな。
何があってもあの親が俺を見ることはないのだから。
脱衣所に置いてあるティッシュを数枚取ってぎゅっと握り込んだ。濡れたままの手のひらの水分を吸ってしなしなと小さくなっていったティッシュを捨ててもう一度新しいティッシュを握る。
そのままある程度体を拭いた後、自室から持ってきた自分の部屋着にサッと袖を通してタオルを首から下げて脱衣所を出た。
ぼんやりしていると血がどんどん流れていくし、この手の所為で満足に体も拭けてないから、髪や体からポタポタと水滴が零れ落ちる。
でも早足で歩く気にもなれず、ノロノロと自室への階段を上がった。怪我をしていない方の手で手すりを掴んで、なんとか腕の力で体を前に進める。少しでも力を抜いてしまえばそのまま脱力して階段から転げ落ちそうだった。
そのくらい体が疲労を訴えていて、それをどうすることもできない。
足の裏にぺたりと張り付くフローリングの冷たい感覚が気持ちの悪いものに感じられて、眉をひそめる。
キュッと目を瞑って息を整えながら階段を上っていき、自室の扉のドアノブを握ろうとした時ふと立ち止まる。
血、どうしようかな…
そういえば風呂上がりにちゃんとした手当をお願いするって千里に言ってた。
多分千里も嘘で言ったわけではないだろうし、忘れてもいないだろう。
ただ隣の千里の部屋をノックするには、俺には少し勇気が必要なわけで。
家族だろうが一歳年下の弟だろうが、千里と俺の間に「普通」の兄弟みたいなアクションはなかなか起きない。
でも今日はなんだか機嫌が良いみたいだし、
自分で手当をするほどの気力も余裕もないし。
もういいや、と半ば投げやりに千里の部屋をノックして中にいるであろうそいつの返事も待たずに扉を開ける。
千里は俺と目が合ってキョトン顔をしたが、そのあとすぐ納得したように小さく頷いた。
「 あぁ、包帯ね。やってあげるからこっちおいで」
「 ありがと」
「 いーえ、下から救急箱持ってくるからベットに座って待ってて。すぐ戻る」
千里は今まで携帯を使っていたようだが、それをベットのうえにぽいと放り投げるとそのまま部屋を出て階段を降りて行った。一階のリビングに絆創膏やら包帯やら湿布やらがまとめて保存されている救急箱があって、それを取りに行ったらしい。
というか俺がここに来るついでに一階からあらかじめ持って来れば良かったな、どうせ手当してもらうなら必要なものだし、わざわざ一階まで取りに行かせる手間も省けたのに。
疲れてそれどころではなかった、というのは言い訳だが
自分の頭の回らなさ加減に呆れた。
ガチャっと扉の開く音がして振り返ると、
千里がゴソゴソと救急箱を漁りながら「んー?」と呟いて部屋に戻ってきた。
「 …なに」
「 いや、この中にあった風邪薬の瓶が無くなってんだよ。なんか涼さっきから熱っぽそうだしついでに飲ませようと思ったんだけど」
「 風邪薬……?」
千里が「あれー?」と言いながら、薬を探すのを諦めたように包帯とテーピングを取り出し始めたのを見て、
ふと数日前のことが頭によぎる。
そういえばつい最近熱が出て学校休んだ時に、俺も風邪薬を飲もうとしてこの箱開けた記憶がある。
そして俺が見たときは空の風邪薬の瓶で、
多少のイラつきを覚えながら空き瓶をゴミ箱に放り込んだのだ。
「 この前、使い終わったの俺が捨てた」
ぽそりとそう呟くように言うと、千里が苦笑しながら俺を見た。
「 この前? 使い切ったんなら早めに言っとかないとお母さんが気付くまでいつまでも新しいの補充されないまんまだよ」
「 最後に使ったの俺じゃないし…空き瓶捨てただけ」
「 えぇ、じゃあお父さんだろうね、たまに抜けてるとこあるから」
「 かもね 」
「 でも涼も言わなきゃダメだよ、気づいてたんだから」
……こいつは俺の母親なんだろうか。
なんで薬の存在一つでここまで小言を言われなきゃいけないんだろう。そして正論で言い返せないから余計に虚しくなる。
俺が母親にそう簡単に話しかけられないの知ってるクセに。
素直に「うん」とも「ごめん」とも言いたくなくて黙り込むと、千里はまた困ったように笑いながら
「はいはい、手だして」と言って俺の手首をそっと握ってきた。
まず傷口を軽く消毒シートで消毒して、ガーゼの素材に近い大きめの絆創膏をぺたりと貼ってくれた。
そうか、絆創膏を先に貼れば包帯に血が染みることもないのか。
そんな簡単なことを思いつかなかった自分にちょっとびっくりしながら、黙々と作業をする千里の手つきを眺めていた。
丁寧にクルクルと包帯を巻き、途中で何回か「痛くない?」と聞いてくれる。「痛くない」、と答えればもう少し包帯を巻く力を強めてその都度「これは?」と聞いてくれる
慣れた手つきで包帯をちょうどいい長さにカットしてテーピングで止めて、滞りなく手当は終了した。
「 違和感ない?」
「 うん、大丈夫」
「 あんまり手のひら動かさないでよ。包帯が中央に寄っちゃって食い込むからね」
「 ん」
「 はい、じゃあ終わり。おつかれさま」
救急箱は後で戻しておくからもう行っていいよ、と言われて、自室に戻ろうと立ち上がった。
けれどなぜかこのまま部屋を出て自分の部屋に戻る気は起きなかった。寂しかったり話し相手が欲しいわけでもないけれど。なんとなく惜しい感じがした。
千里が小首を傾げながら俺を見る。
そのままベットに座ってる千里の前に、もう一度ぺたりと座り込んで、目の前にある千里の膝にぽんと頭を乗せた。
「 髪ふいて」
十分に乾いてないどころか、現在進行形で水滴が滴り落ちていふ頭を差し出す。
この手のせいで満足にタオルドライもできないままここに来たため、髪がけっこうびしゃびしゃだった。
たった今なるべく手を動かすなと言ったから、千里も断ることはないだろう。
自分でするのもめんどくさかったし、ちょうどいいやと思ってのことだったが、案外千里は驚いたようだった。
まぁ俺も自分でもびっくりしたけど。
だって滅多にこんなことしないし。
千里は俺をハッとしたような顔で見た後、少しこちらを窺うような表情で見上げてきた。
「 いいよ、タオル貸して」
そして酷く穏やかな声色でそう言うと、千里は俺の首から掛けているタオルを取ってわしゃわしゃと拭き始めた。
「 いたた、ねぇちょっと雑なんだけど 」
「 これくらい大胆にしないと乾かないの」
「 もういいよ、やっぱり自分でする」
「 それナシ、人の好意は最後まで受け取りなよ」
「 好意じゃないじゃんこれ嫌がらせじゃん」
千里の手からタオルをもぎ取って立ち上がった。
こいつに頼んだ俺がアホだった。
ヒリヒリと痛む自分の頭皮を憐れんで、キッと千里を睨んでから部屋を出た。
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