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魔王が勇者たちに斃された。
その知らせを受けたのは、王宮での会議中のことで、その場にいた諸侯は勿論、オレも父王も、一斉にガタッと立ち上がった。
「それは本当か?」
「はい、西の空は晴れ、海の向こうの暗雲もキレイになくなっているそうです。先ほど、勇者に同行した魔法使いからも連絡がありました」
ひざまずいたまま差し出された手紙を、侍従が伝令から受け取って王に渡す。父王はそれをザッと眺め、「うむ」とうなずいてオレに渡した。
受け取った手紙を同じく眺め、はあ、とため息をつく。
魔王討伐のために送り込まれた騎士団は、ほぼ壊滅。勇者の仲間も無事だったのは2人だけだったようで、死者や怪我人の回収を求めて、その手紙は締めくくられていた。
どれだけ過酷な戦いだったんだろう?
「さっそく凱旋の準備にかかれ」
王の命令に、何人かが「はっ」とうなずいて会議室を出て行く。オレはその手紙をまとめ、隣の弟王子に手渡した。
「ジュリアス、お前は勇者と合流し、王都凱旋に付き添え」
父からの命令に、立ち上がって礼をする。
勇者に会うのは数年ぶりのことで、武勇伝を聞くのが楽しみだった。
勇者とは、勇者しか抜けない「破魔の剣」に選ばれた人間のことだ。
わずか12歳で勇者になった少年は、その後騎士団の精鋭から猛特訓を受け、めきめきと剣の腕を伸ばしていた。
勇者ライを最後に見たのは、討伐へと出発した時だった。
柔らかそうな麦穂色の髪に、落ち着きのない大きな目。小柄で色白で、けど夢と希望に満ちていて、キラキラと眩しかったのを覚えてる。
討伐の旅に同行するのは、ライを鍛えた騎士達の他、ライのイトコの魔法使いと幼馴染の剣士、それと大柄な盾持ちに、細身の弓使い。
少年たちはみんな勇者ライの地元の仲間で、幼馴染特有の気の置けないやり取りを、羨ましく思ったものだった。
実は、「オレも行かせてください」って父王に頼んだことがある。
当然だけど第1王子であるオレに、そんな不確かな旅は許されず、黙って彼らを見送るしかなかった。
その勇者の帰還。
出発から数年経ったが、どれだけたくましくなってるだろう?
手のひらにあった剣ダコは、更に固くなってるだろうか?
ヘイゼルの大きな目をきらめかせ、自信に満ちた様子で、「ただいま」ってにっこり笑ってくれるだろうか?
勇者ライの凱旋は国を挙げて華々しく行うことになったらしい。オレが出発準備をする数日の間に何度も会議が繰り返され、大勢の官僚が忙しく走り回ってる。
「期待してるぞ」
父の言葉に、「はい」とうなずく。
第1王子であるオレを、勇者の凱旋に同行させる意味。それは、いつかオレが王になる時、勇者を隣に立たせようという目論見があるに他ならない。
小柄で細身で不器用で、でも誰よりも努力してたライ。もっと強くなるためにと上を目指し、何時間でも訓練することを厭わなかった。そんな彼がオレの隣で治世を見守ってくれることを、オレも心から望んでた。
けど――。
「なんだ、これ……?」
待ち合わせ場所に指定した砦に到着した日、そこで再会した勇者たちを見た瞬間、ざあっと血の気が引くのを感じた。
砦まで辿り着けたのは、勇者を含めてたった3人。
勇者ライ、魔法使いルナ、剣士ヒューゴ。3人ともボロボロで、見る影もなくやつれていた。
床にひざまずく3人を見回して、呆然と立ち尽くす。
「騎士団はどうした?」
思わず訊くと、ライはビクッと肩を跳ねさせた。
「も、申し訳、ありません……」
震える声で謝られ、首を振られれば、それ以上は訊けない。「騎士団壊滅」。手紙に書かれてた内容が、ようやく現実味を帯びてくる。
「まだ、海の向こうで、迎えを待ってる人がいます。あの、オレらの事より、騎士団のみんな、を……」
とつとつと震え声で訴えられ、「分かってる」と話を遮る。
向こうの大陸に残留している死体や怪我人の回収は、港を持つ領土の領主たちが主導で行うと、会議で決まった。
大型船を用意して医薬品や食品を集める他、まだ魔物もちらほら出るだろうから、戦力の確保も必要だ。引き上げに少し日数はかかるだろうが、決して見捨てることはない。
そう簡単に説明すると、ライたち3人は「よかった……」とホッとしたような笑みを浮かべた。
だがその笑みも、オレの次の問いでピキンと固まる。
「盾持ちと弓使いだったか、アイツらはどうした?」
「そ、れは……っ」
とつとつと答えてたライが、ふいに言葉を詰まらせた。
大きな目からぼろっと涙がこぼれて、酷なことを訊いたと悟る。だが、生死にかかわらず報奨金は出るし、うやむやでは済ませられない。
言葉に詰まったライの代わりに、オレに答えたのは剣士ヒューゴだ。
「生きてます。でも、もう到底戦える体じゃない。そっとしておいてやって貰えませんか?」
意志の強そうな目を向けられて、「伝えておこう」と短く答える。
そっとしておいて欲しいというなら、そうしてやるべきだとは思うけど、オレ1人が判断できることじゃない。
「オレらも、どうかもう解放してください」
深々と頭を下げられても、「分かった」とは言ってやれなかった。
「報奨金も、名誉も、勲章も何もいらねぇ。代わりに故郷の田舎で、静かに暮らしたい」
ヒューゴの訴えに、隣にいたルナが「ううっ」と口元を押さえ、嗚咽を漏らした。
一体、どんな過酷な戦いだったんだろう?
「凱旋はして貰う」
静かにキッパリ告げると、ヒューゴは悔しげに顔を歪めた。
「なんで……っ」
なんでそんな、ささやかな願いすら叶えられないのか。口には出さなかったけど、彼の言いたいことは伝わった。
王子って立場上、口先だけで謝ることもできない。
勇者たちの帰還は国民全員の喜びであり、勇者の凱旋は、国を挙げての行事でもある。
「国民全員が、勇者の凱旋を望んでるからだ」
大勢の歓声、舞い散る花々、紙ふぶき、楽隊、華々しいパレードが思い浮かぶ。
みんな、魔王を斃した勇猛な青年を一目見たいと望んでる。
まっすぐに背を伸ばし、晴れ晴れしい笑みを浮かべたたくましい若者の姿を。民衆に手を振る様子を、求めてる。
何より、この凱旋が終わらないと、一連の討伐が終わったことにならない。
けじめをつけるためにも、大がかりな行事は必要だった。
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