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ライの真夜中の絶叫は、それからも毎晩続いた。
見かねて睡眠薬とか、よく眠れる魔法なんかを探して貰ったけど、あまり効果はないらしい。
まあ、確かに魔法で効果が出るのなら、イトコで仲間の魔法使いルナが、とうにどうにかしてただろう。
「声を部屋の外に響かせないようにはできますが」
砦に詰めてる魔法使いに報告され、少し悩んだが頼んでおくことにした。
勇者が毎晩悪夢にうなされ、絶叫してるなんてことを、国民に知らせる訳にもいかない。ライ自身もきっと、それを望まないだろうと思った。
国民が望むのは、強くて勇猛な青年勇者だ。
堂々と胸を張り、一切の怯えを見せることもなく、魔物と戦って討ち果たす勇者。その勇者と次代の王であるオレが、友として並び立つ姿を、国民みんなが見たがってる。
凱旋パレードの本番は、勿論王都に入ってからだけど、それまでの道中だってないがしろにできない。
簡素ではあるが行列を作り、馬上で笑顔で手を振って進む必要がある。
途中、その土地その土地の領主らに招かれ、屋敷に寄ることもあるだろう。
凱旋を控えてるし、オレもついてるから、パーティやら会食やらの誘いは断ることもできるけど、さすがに宿泊までは断れない。そんな時に、真夜中の絶叫を聞かれたらどうなるか。
今後のライの立場の為にも、隠せるなら隠してやる方がいいと思った。
今夜もまた、真夜中に勇者ライの絶叫が響く。魔法で音を消され、オレの部屋まで届かないハズなのに、声なき絶叫がオレの頭の中に響く。
数年前の、勇者出発の時――もしオレの願いが叶えられ、勇者の仲間として旅立つことができてたら、今頃オレも同じように毎晩うなされてたんだろうか?
海の向こうで何があったのか、どんな経験をして来たのか、ライは多くを語らない。
ルナもヒューゴも何も語らないまま砦を去って、数週間。突貫で進めて来た準備も整い、いよいよ王都に出発する日がやって来た。
王都の直近の街までは、騎馬で行列を組んでの移動だ。
砦に到着した当時、あまりにボロボロで憔悴しきっていて、大丈夫かと心配したライだったが、この数週間の準備期間で少しは休めたらしい。
相変わらず細身だし、ビクつきながら周りを警戒する癖も相変わらずだったけど、げっそりこけていた頬が、ほんの少しふっくらした。
厳しく指導されたらしいダンスの特訓のお陰か、それともマナー講習の効果か? 猫背気味だった背中も、馬上でピンと伸びている。
凱旋用の晴れ着よりやや簡素な衣装を着け、真新しいマントを羽織り、馬に乗る様子は、馬子にも衣装って感じでそれなりに似合ってた。
「出発!」
オレの号令と共に、先頭の騎士がゆっくりと馬を歩かせる。
まず向かうのは、砦にほど近い街だ。街の門から大通りにかけて、街中の住人たちが行列を作り、勇者ライを大歓声で出迎えた。
わあっ、と湧く歓声。拍手。
派手な音楽などはないけど、代わりに「勇者、勇者」と大コールだ。
「手を振ってやれ」
真横に馬を並走させながら、勇者ライに小声で指示する。
大コールに驚き、顔をこわばらせていたライだったけど、それでも精一杯笑みを作り、手を軽く上げると、「きゃあーっ」と華やかな歓声が上がった。
「勇者様ぁー!」
「ライ様ぁー!」
若い娘たちの甲高い歓声に、嬉しそうにするどころか、逆に怯えてる勇者がちょっとおかしい。
それでも、ピンと背筋を伸ばしたまま口角を上げ、下手くそな作り笑いを続けて手を振り続ける姿は、見事だった。
皆、勇猛で強く勇敢な若き勇者を求めてる。
自分が、これくらい歓迎されてるんだって――歓迎される程の偉業をなしたんだって、少しは自信持てればいい。
そして元の明るさを取り戻し、いつかオレが王になった時、その隣に堂々と立ってて欲しいと心から思った。
ライが腰に帯びるのは、勇者だけが扱える「破魔の剣」。その目映い刀身を、砦にいる間だけでもすでに2度目撃してる。
勿論、王都までの道中にも、魔物は出た。
やはり1匹か2匹で、ライが言うには「ザコ」らしい。事実、ライは「破魔の剣」を一閃するだけで、どれもすぐに倒していた。
「魔物だ!」と、誰かの警告が聞こえた瞬間、びゅっとそっちに飛び出して行くライ。
必ず毎回雄叫びを上げる訳じゃなくて、そんな気合すら必要じゃない場合もあるようだ。
「我々が出ます」
「勇者様はお戻りを」
随行の騎士達に制止されることもあるけど、大概は抑えられない。
「オレが行かないと」
うつろな目で呟かれると、ドキッとする。
周りに任せられず、自分で始末をつけたがるのは、やっぱり魔王討伐の旅でのトラウマが原因なんだろうか?
別に、一緒に旅立った騎士たちを捨て駒にしたとは思ってないし、疑ってもないけど、自分で真っ先に飛び出して行くのは、かなり危うい。
この先、すべての残党狩りを、自分1人でこなしてくつもりなんだろうか?
魔王を斃したって、魔物が全て都合よく消え去る訳じゃない。今後も世界中のあちこちで、ちらほらと現れるに違いないのに。
……そんなの、勇者の責任でも何でもないのに。
「勇者様ぁー!」
「きゃーっ、笑ったーっ!」
行列を作る民衆の歓声を、ライの真横で一緒に聞きながら、その白い横顔に目を向ける。
砦を出発して以降、毎日のように繰り返される行列と歓待。ほとんどスルーして、騎馬で手を振りながら通り抜けるだけだったけど、連日だとさすがに負担だ。
「無理してないか?」
街の門を出て、しばらくしてからぼそりと訊くと、ライは大きな目を見開いて、それから首をぶんぶんと振った。
「無理なんて! 楽、させて貰ってます」
ベットで寝れるし、と、呟くように付け足され、今更のように過去に驚く。
オレとライとじゃ多分、「無理する」の基準が違うんだろう。だから互いの疲れの差に、すぐに気付くことはできなくて、それがちょっともどかしかった。
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