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軽やかな音楽に合わせ、色とりどりの女達のドレスがひらひらと舞う。
その女達に囲まれて、レースのついた赤の礼服を着た勇者が、ぎこちなくもターンする。
今度のお相手は、どこの令嬢だろう?
舞踏会も3日目になると、ライの緊張ぶりも知れ渡って来たらしい。不慣れで、でも一生懸命な勇者のダンスは微笑ましいの一言で、初日は令嬢方よりご婦人方に囲まれることが多かった。
ライの素朴な性格も、また微笑ましく受け取られているようだ。
ドモって詰まって挙動不審で、気の利いた会話もろくにできなかったけど、少なくとも人を嘲ったり、侮ったりなんかは一切ないし。逆に侮られたって、真っ赤になるだけで反論しない。
無礼な輩は、ライの味方を気取る女性陣に、追い返されることも多かった。
宮廷舞踏会に来るような令嬢は、みんなハイエナのような肉食系ばかりだと思ってたけど、ライに対してはどうなんだろう?
ずっと側についててやることも立場上不可能だし、こうして遠目で時々確認するしかない。
けど、まあ、一応人の輪には入ってるようだし。それなりにやっていけるのかも知れなかった。
オレが「笑え」って忠告してやったことも、きちんと守っているようだ。
諸外国の大使らと談笑しながら、ちらっとライに目を向ける。ライは頬を引きつらせながら、それでもくっと口角を上げ、笑みを崩さないでいる。
社交界では、やはり笑顔が必要不可欠だ。
「勇者殿は人気者ですね」
「ああ、いいヤツだからな」
オレも不敵な笑みを浮かべ、大使らをけん制する。
ライには今、国内外からひっきりなしに縁談が舞い込んでいるようだが、これからオレの側近として名前と顔を売っていくのだから、少なくとも国外は却下だ。
「オレの片腕になって貰いたいと思ってる」
ライを手放す気はないんだと、キッパリ告げたりのらりくらり躱したりするのも、外交の1つ。オレの仕事だ。
そのオレの視線の先で、ライが何かにつまずいた。
「ふおっ」と妙な悲鳴を上げているのが、遠くにいてもよく分かる。華やかな笑い声が沸き起こり、その中心でライが、赤い顔で照れ笑いを浮かべてる。
相変わらずその目は時々虚ろだし、時々辛そうにため息ついてるのも気になるけど、オレだってさすがに疲れたし。ライはもっと疲れてて当然だろう。
翌晩も、また翌晩も夜会は続く。
庶民から見れば、パーティに出てダンスしてさぞ優雅だろうと思われるかも知れないが、意外と体力が必要だ。
というか、これも仕事だし。
外交も社交も、王族としての義務の1つ。
ライだって肩書きだけとはいえ、もう貴族の一員だし、令嬢方とのダンスも義務だ。
あまりに疲れてそうな時は、声をかけてバルコニーに呼び出し、一休みさせてやることもできるけど、なんといっても主役だし。そうそう引っ込んでもいられないだろう。
「勇者殿にぜひ良縁を……」
食い下がる大使たちに苛立ちつつ、オレも笑みを崩さない。
「オレに相手がいないのに、オレの側近になったばかりのライには、まだ早いだろう」
「では殿下に……」
「だから、まだ早い」
バッサリ切ったり、曖昧にぼかしたり。相手の思惑を探りつつ、どうにかしてこっちに有利な状況に持ち込む。
オレの安寧は、側近になるライの安寧だ。
ずっと真横で守ってやる事はできないが、フォローはするし、援護もする。オレの要求通り、笑顔で社交をこなしてくれればそれでいい。
何日も続く夜会にうんざりしながら、作り笑いを貼り付かせる。
ライもやっぱり作り笑いで、別の女とまたダンスをしていたが――何も考えてなさそうで、会話もろくにできていないのが、側にいなくても分かって呆れた。
ライが熱を出したと聞いたのは、凱旋から始まる一連の夜会ラッシュが一通り終わった頃だった。
湯気が出るくらいに体温が上がって、目を回しているらしい。
「知恵熱か?」
「お疲れだったのでしょう」
オレの言葉に、侍従が苦笑しながらフォローする。
「オレだってもうヘトヘトだ」
やれやれと愚痴って、自室のソファにドスンと座る。執務机の上には書類が山のように重なっていて、視線を向けるだけでうんざりだ。
だが、まあ確かに、不慣れな分ライの負担は大きかったんだろう。
「医者には診せたのか?」
「宮廷医の見立てでは、過労でしょう、と」
侍従の報告に、「ふーん」とうなずく。
ボロボロで憔悴していたライたち3人の姿が、ふっと脳裏によみがえり、無理もないと思った。
視察や慰問、講演会の要請なども来ていたが、オレの采配で却下しておくことにする。
いつも思うことだが、文官連中はオレらに仕事をさせ過ぎだ。オレもライも、超人か何かだと思われてるんじゃないか?
「何か美味い果物でも持って、見舞いに行ってやるか」
「そうですね、殿下に花はお似合いになりませんしね」
「オレじゃなくてライに、だろう」
侍従と軽口を交わし、笑い合う。仕事の合間の息抜きも、結構大事だ。
ライも、同じように侍従とうまくやってるかな? 彼はまだ客間に滞在中? じゃあ、専属の使用人はまだ決まってないのかも?
思い立って、ふと確認しに行きたいような気分になったけど、熱で倒れた病人の元に、医者の承認なしで押しかける訳にもいかない。
しかたなくソファに深く座り、何を手土産にしようか考える。
「そういやライって、何が好物なんだ? 確か、好き嫌いはなかったよな?」
ブドウがいいのか、オレンジがいいのか。それとも王宮晩さん会だけで出される、甘みの強い桃を厨房から奪って来るか。
熱が高いと多分、大変だろう。
けれど、そうして熱で寝込むことができるのも、魔王が斃されて平和になったからだ。
偉業をなし終えた勇者に、人々はみな敬意を払う。
それがライに、きっちり伝わればいいなと思った。
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