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ライに面会できたのは、翌日になってからだった。
熱もようやくある程度下がって、意識も回復したらしい。まだぼうっとはしているが、話は一応できるようだ。
「じゃあ、見舞いに行ってもいいんだな?」
宮廷医に確認すると、医者は「はい」とうなずいて、それからちょっと眉をひそめた。
「つかぬ事をお伺い致しますが、殿下はご存じなのでしょうか? その、勇者殿が睡眠中に……」
「ああ、うなされてる件なら知っている」
オレが応えると、宮廷医は「そうですか」って神妙にうなずいた。
そんな深刻そうな顔をされるってことは、やっぱり未だに続いてるんだろうか? 睡眠不足に過密スケジュールが重なって、だからこその発熱だったのか?
王宮に戻ってからも、ライの夜中の絶叫については全く広まってなかったから、防音の魔法は効いてると思っていいだろう。
もしかしたら、魔道具にでもしたのかも知れない。
「砦にいる時は、同行した魔法使いに魔法や薬を試して貰っていたが、今一つ効果はなかったらしいな。もっとちゃんと眠れるような薬はないのか?」
念の為訊いてみたけど、やっぱりそんな都合のいい薬はないようだ。
「薬の問題ではないように思います」
宮廷医の言葉に、「だよな」とうなずく。
魔王討伐という過酷な旅の、トラウマ。「破魔の剣」に選ばれた代償は、半端なく大きそうで同情しかできない。
危険のない王宮で、美味い物を食わせ、ゆっくり休ませてやるのが1番な気もした。
ライへの土産は、熟れた果汁たっぷりの桃にした。
厨房で剥かせて皿に盛り付けさせようと思ったけど、桃というのはどうやら、皮を剥いてすぐに食わないと茶色っぽくなってしまうらしい。
それを聞いて面倒だなと思ったが、まあ、侍従か侍女に剥いて盛らせればいいだろう。
籐のカゴに3つ桃を入れさせ、侍従に持たせて客室を訪れる。
客室の前で守備をしていた近衛兵が、オレを見て頭を下げ、扉を大きく開けてくれた。
客室にはカーテンが引かれ、昼間だというのに薄暗い。客室付きの侍従も侍女も誰もいなくて、ライだけがぽつんとベッドに寝かされていた。
「ライ、見舞いに来たぞ」
声を掛けながら、ベッドに近付く。
上に掛かった布団はぴくりとも動かないから、もしかすると寝てるのかも知れない。
少しは話ができるかと思ったけど、寝てるとは思っていなかった。というか、普通なら侍従や侍女が、前もって起こすものだろう。
どこに行ってるんだ、と呆れながら、ベッドサイドの補助イスに座る。
ライは布団を頭まで被って、中で丸くなって寝ているようだ。布団をそっとめくってやると、もしゃもしゃの髪が現われた。
「子供じゃないんだから」
くくっと笑いながら、寝癖のつきまくった柔らかな髪に手を伸ばす。ついでに額に手を当てると――思った以上に熱くて、ギョッとした。
「ライ!?」
顔を覗き込むと、目元が濡れてて泣いてるのが分かった。
熱が高過ぎて辛いのか?
布団を被って寝たりするから、余計に体温上がるんじゃないのか?
「宮廷医を呼んで来い」
侍従に命じながら立ち上がり、ベッドの端に座り直す。
ベッドがわずかにギシッと軋む。その振動で起きたんだろうか? 長いまつ毛がふいに震えて、直後、ライがヘイゼルの目を見開いた。
「わああああ――っ! あああああ――っ!」
久々に聞く絶叫が、客間の中にビリッと響く。
さっきまで寝ていた場所に、ライの姿はすでにない。バッと起きたかと思うと、ベッドを蹴って向こう側の床に降り、「破魔の剣」をいつの間にか鞘から抜いて構えてる。
一体どこから剣を出した? 枕の下にでも仕込んでたか?
廊下に立つ近衛兵が飛び込んで来ないところを見ると、やっぱり防音は利いてるようだ。
「落ち着け。魔物はいない」
両手を挙げながら努めて穏やかに話しかけ、寝ぼけたライの覚醒を促す。
正面、左右、後ろ……とあちこちに視線を向けたライは、ようやく魔物の不在を理解したらしい。ふぅーふぅーと荒い息を吐きながら、昏い目をオレに向けた。
「ライ、オレだ。分かるか?」
声をかけると、大きな目がゆっくりとまばたく。
「殿……下?」
「ああ」
頼りなげな問いにうなずくと、ライはぼうっとしたまま「破魔の剣」を鞘に戻し、その場にドサッと倒れ込んだ。
「おい!」
慌てて駆け寄り、床に転がるライの体に手を伸ばす。
額もビックリする程熱かったけど、体全体も相当熱い。抱き上げると酷く軽くて、あまりに軽いのでギョッとした。
横抱きにしたライが、腕の中でひくっと小さくしゃくり上げる。
閉じた目から涙が次々に溢れて、それを見ている内に、なぜか胸が痛くなった。
ベッドにそっと寝かせると、ライはオレに背を向けて、もそもそと布団に潜り込んでいく。
「おい、また熱が上がるぞ」
注意しながら布団をめくり、頭を外に出してやる。
もしゃもしゃの髪を手櫛で軽く整えてやる間も、ライは小さく肩を震わせ、必死に嗚咽を噛み殺していた。
「どこか痛むのか?」
静かに訊くと、小さく頭を振られた。
「体、だるいか?」
その問いにはしばらく間が開いたけど、やっぱり小さく横に振られる。
「ちゃんと言わないと、伝わらないぞ?」
こくりと小さくうなずく様子を見て、ため息をつく。
痛くてもだるくても辛くても、きっと勇者は泣き言1つ漏らさない。だからこそ勇者で……だからこその、現状なんだと分かった。
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