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剣の稽古で息切れをしなくなった頃合いを見て、少しずつ遠出もするようになって来た。
馬に乗って野道を駆け、王領の牧草地や森の中を散歩する。
勿論その際は、オレも一緒だ。
馬に乗るのと、馬車に乗って近場に慰問に出かけるのと、どちらから始めるかは迷ったが、やはり不特定多数の人間に囲まれるのはストレスになるだろう。遠乗りからのスタートとなった。
さすがにあちこち旅をしていただけあって、ライの乗馬は素晴らしかった。
風を切って走り、気持ちよさそうに髪をなびかせるライ。いつもの引きつった作り笑いじゃない、本当の笑みを浮かべてる。
麦穂色の髪が、太陽の光の下でキラキラ輝いてキレイだ。
汗をかいたと言って、森の中の湖で水遊びを始める様子は、無邪気で可愛い。
「ここ、泳げますか?」
にこにこ笑いながら訊かれ、苦笑しながら「ああ」と答える。
バッと服を脱ぎ、上半身裸になったのを見た時はドキッとした。ライの白い裸身には、無数の古い傷跡があったけど、本人は何も気にしていないらしい。
すっかり痩せてやつれていたが、それでもその体にはキレイに筋肉がついていて、しなやかな若鹿のようだ。
古傷なんて、何も気にならない程美しい。
目を奪われて、独占欲が湧いてくる。このキレイな裸身を、独り占めしたい。
「おい、全部は脱ぐなよ」
思わず声を掛けると、「脱ぎませんよっ」と言い返された。じわっと赤面したのを誤魔化すように、ライがじゃぶじゃぶ音を立てて湖の中に入って行く。
王領の森の中の、静かな湖。
オレとライと、護衛の近衛1個小隊、それから馬とだけがいる空間は、静かで穏やかでホッとする。
ライの立てる水音も静かで、気持ちよさそうに泳ぐ姿を見ているだけで、日頃の執務の疲れも何だか癒されるような気がした。
「遠乗りに慣れたら、今度は延期していた孤児院の慰問だな」
湖から上がり、タオルで体を拭くライに、これからの漠然とした予定を告げる。
「すぐには無理だぞ、先方の予定もあるからな」
念の為にクギを刺したが、それでもライは嬉しそうだ。
熱のせいで延期になったことを、ずっと気にしていたんだろうか?
「はい!」
キラキラの笑顔で返事するライに、ちょっと呆れた。
「オレも行く」
「はい」
即答されると、悪い気はしない。
ライの頭に手を伸ばし、水気を含んだ髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。柔らかな髪が手のひらをくすぐって、「ふわっ」って小声で悲鳴を上げる彼も可愛いと思った。
「いい天気ですね」
帰り道、青空を見上げてライが言った。
頭上に広がる空を見つめる、その瞳に昏い影は見られない。
「ああ。だが、油断して熱を出すなよ」
「分かってます」
オレの軽口に、赤面しながら言い返すライ。以前より、自然に距離が近付いた気がして嬉しい。
まだ気持ちも伝えてはいないけど、一緒に寄り添って寝ることにも、どんどん慣れてくれたようだ。酒なしで寝ても、以前より緊張してない。
あまりの無防備さに戸惑いもあるが、警戒されるよりはいい。
いつかオレの気配に慣れ、オレの体温に慣れて、オレと一緒じゃなければ寝られないようになればいい。その先の事は、そうなってから考えよう。
当分は、この愛おしさを噛み締めようと思っていた。
だが穏やかな日常は、そう長く続かないもののようだ。
大量の仕事を頑張って終わらせ、予定を開けて日程を調整し、郊外の孤児院に慰問に出かけたその先で――不運にも魔物の襲撃を受けた。
ライ達が魔王を斃す前から、魔物はどこにでも現われた。王都近くでも出るし、郊外でも出る。出たところで大概は1匹2匹だし、それなら大勢で囲めば何とかなった。
過疎地だと、退治する人間も少ないから被害もあるが、国全体で見ると大した事にはなってない。
魔王が斃れた後には、逃げ出したらしい大物がちらほら見られることもあったが、竜種でもない限りどうにでもなった。
ライが寝込んでる間にだって、魔物の被害はあった。それでも彼を叩き起こさずに済んだのは、今までだってそれで何とかなっていたからだ。
そのことは、ライにもきちんと話してあった。
勇者にばかり頼っている訳じゃないのだ、と。毎朝訓練所を借りる騎士団の者たちも、ライに話していたハズだ。ライだって、それを聞いて感心していたように思う。
けど、頭で理解しているのと、本能で分かっているのとは違ったようだ。孤児院のすぐ近くで、子供たちがきゃあきゃあ喚いていたせいもあるんだろう。
「ライ、下がれ!」
オレの命令に従わず、ライが「でもっ」と食い下がる。
たった1匹の魔物に、大袈裟な程に悲鳴を上げて逃げ惑う孤児の群れ。
「勇者様」
「助けて、勇者様」
本能のままにライに群がり、子供たちがその背中に隠れようとする。大人らが「静かに」と言っても、叫び声はやまない。パニックだ。
「建物の中に!」
声を張り上げて避難を指示しても、従う様子がない。
辺り中に響く悲鳴。足元に縋る子供たち。迫る魔物。緊迫した状況に、ライがひゅっと息を呑む。
4つ足で地を駆け、飛び跳ねる魔物は大柄で、護衛の騎士たちを翻弄した。ただ、大物といっても竜種程じゃない。きちんと訓練を受けた騎士が数人で囲めば、手こずりはしても負けはしない。
ライが孤児らに囲まれて戦えないなら、ライごと皆を守るまでだ。
「騎士らに任せろ。子供らを連れて下がれ!」
オレも防御のために剣を抜き、騎士らの後ろで油断なく構える。
こんな魔物1匹、勇者に縋る程でもない。それがライの目の前で証明出来ればいいと思った。これからは何もかも独りで背負わなくていいのだと、思い知るきっかけになればいい。
けれど、そんな都合よくはいかなくて――。
「わああ――っ!」
ライが絶叫し、「破魔の剣」を引き抜いた。
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