アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
upside-down
-
ずっと、下を向いてばかり。
地味で暗い俺は、いつだって、格好のいじめの的で。
『キモい』
『ウザい』
『しね』
そんな悪意で溢れた言葉は、受け入れるのはこんなにも苦しいのに、いとも容易く吐き出される。
ただ少し人より大人しいだけで。
少し人より冴えないだけで。
なぜ無条件に悪意をぶつけられなければならないんだろう。
そんな理不尽な他人が嫌いだったし、そんな理不尽を結局は受け入れている、臆病で情けない自分も嫌いだった。
全部全部全部全部、嫌い。
消えて無くなってしまえばいい。
そんなことを考え俯く視界の端にうつるは、こんな世界でも唯一光り輝く、鮮やかな金。
いつも俯いてばかりの俺の視界にさえ否応無く入り込むほどの、圧倒的なきらめき。
ーーーーー彼のように、なれたら。
「………………」
ずっと思うだけで、形にはならなかったその願い。
けれど、1人黙々と勉強に打ち込んだ甲斐はあって。
地元から随分離れた県下一と謳われる名門高校に見事合格して。
俺はようやく、大嫌いな自分から決別できる機会を手にした。
ーーーーーーー
「でさ〜〜〜」
「ぎゃはっ、まじかよ、ありえね〜〜」
特に面白くもない、下卑た笑いに心底うんざりする。
「っておい、ミキ、きーてんのかよ」
「あ、おお、わりぃ。きーてなかったわ」
「ったくもー、ぼーっとすんなよな」
明るく着飾って、教室の中心で友人に囲まれて笑う。
それは、俺が憧れて止まなかったあいつと同じ立場で、まごう事なき"勝ち組"である証。
最初は、嬉しかった。楽しかった。
地味で冴えない、ただのモブにすらなれなかった俺の、逆転劇。
一見明るくなった世界に、馬鹿みたいに単純に喜んで。
………けれど、ちがったのだ。
楽しい時間が終わるのは、一瞬だった。
なにも、面白くない。
胸に開いたこの隙間も、埋まらない。
これだけ人に囲まれていても、どれだけ見栄えを整えようと。
おれは、おれでしかない。
卑怯で何もできない、臆病者のままだ。
言われる側だった時は、あんなにも嫌がっていたくせに、流されて陰口にのって、悪口に興じる。
おれの中身は、負け犬のままだ。
おれがおれである限り、この空虚さは埋まらないのだろう。
未だに下卑た笑いを続ける"仲間"から目を逸らして、教室の隅に目を向ける。
当て付けみたいに、以前の俺とおんなじ容姿。
長い前髪、真面目くさった制服の着方、分厚いメガネ、曲がった背中。
そして信じられないことに、それは、俺が憧れて止まなかった、彼だと知った時の衝撃は、きっと一生忘れないだろう。
思えば、俺の快進撃が終わったのも、それを知ったのとにょうど同じ頃だった気がする。
『どういうつもりなんだよ。楽しいか?』
自分の怒りに任せて、感情のままに投げ捨てたセリフ。
だって、許せなかったのだ。
なんで、彼が、彼ともあろう人が、わざわざ俺と同じ人種にまで落ちぶれる必要があるのか。
馬鹿にされているとしか思えなかった。
唐突に投げ掛けた質問。
けれど彼は正確にその意図を悟ったらしかった。
「つかれたんだよ。
っつーか、そういうお前こそどーなの?」
端的にそれだけ言って、彼はあっさり背を向けた。
あれからも彼は、かつての俺と同じような世界にいるはずなのに、ちっとも苦しそうに見えなくて。
いまだってそうだ。
ギリリと歯を食いしばれば、その音が聞こえたわけもないだろうに、彼は顔を上げる。
パチリ、あれ以来はじめて、視線が交わった。
『………なぁ、いま、どんなきもち?』
そしてその口は、ゆっくりと、そう問いかけて。
やがてゆったりと弧を描く。
「あっ、おい!!ミキ!?どこ行くんだよ!」
なんだか堪らなくなって、廊下を駆け出した。
あーあ、何やってんだよ。せっかくうまくやってきたのにさ。
………でもさ、こんなに虚しいこと、続けて意味あんの?
情けない、自分が。
結局どうやったって、俺は自分を好きになんてなれないんだ。
辿り着いた、人気のない旧校舎。
足りない酸素に喘ぐ俺の視界に、二足の上履きが写り込む。
「なぁ、あそこから見る景色は、どうだった?」
その声に、否が応でも誰かを悟る。
彼は、他人のように、俺のように、流されて他人を貶めることなどしなかったけれど。
それでもこんな風にこみ上げる虚しさを、彼も感じていたのだろうか。
「むなしい」
「………だろうな」
その声はひどく無機質で、彼が何を考えているのかを読み取ることは、難しかった。
そっと顔をあげれば、窓ガラスに映る自分も、この瞳に写り込む彼も。
なんだかひどくちぐはぐで、変な感じだ。
ボタンを掛け違えたみたいな、合わないピースを無理やりはめ込まれたパズルみたいな、不恰好さ。
やっぱり、どれだけ取り繕うと、俺たちは所詮紛い物なのだなと今更ながらにそう思う。
ぼんやりしていると、思いの外近い距離にいた彼は、さらにその距離を縮めてきていた。
するり、手を手で絡め取られて。
「っん………」
ぬるり、唇をゆるく食まれる。
なにが起こっているのかはよくわからなかったけれど、何かがおかしい。
それだけはわかる。
なんで俺は彼と、こんなことをしているのだろう。
「なにし、て」
辛うじてこぼした疑問のことばは、唇と一緒にぱくりと食べられてしまう。
思わずぎゅっと目を閉じれば。
くちゅり。
そのぶん敏感になった聴覚が、聞いているだけで恥ずかしくなるような音を拾い上げる。
触れ合う場所がジンジンとあつい。
重なっている場所から溶け出してしまいそうだ。
そうして、溶けて、絡まり合って、ひとつになったら。
は、と荒い息を吐く彼と、視線が絡まる。
完璧な彼と、その対極な俺は、均質化されて。
お互い、望むかたちに近づけるだろうか。
ジクジク疼くからだと、高鳴る心臓にそっと目を伏せた。
ーーーーー
The grass is always greener elsewhere.
隣の芝生はいつだって青いし、自分と正反対の君が、欲しくてしょうがない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
2 / 19