アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
I will stay with you.〈上〉
-
お前のそばにいるよ。
最後の最後の最期まで。
この体が、お前の体が、朽ち果てるまで。
ずっと見守ってる。
ーーーーずっとずっと、愛してるよ。
ーーーーーーーーーーー
「おい、テラ。邪魔して悪りぃが、次の仕事だ」
「…………あ?またかよ、ほんとお前、オレのことこき使い過ぎじゃねぇ?」
「お前はなんだかんだ頼りになるからな」
「………………ッチ、…………で?」
ニヤニヤとどこまでも飄々とオレの言葉を受け止めるアイラに背を向けた。
そう反応すれば、オレがこう反応すると見越していることはわかっているのに、結局いつも思い通りになってきまう。
「おっ、さっすが。次の対象は、ニホンの若者だ」
「ふーん、あっそ。んなこたどーでもいいから早くよこせ」
「はいはい。……全く、無関心なのはお前のいいとこだけどよ、度がすぎるとどうにも心配になんだよな…。
ほら」
手のひらに乗せられた腕輪をさっさと左腕に装着する。
そうすれば、ふわりと浮かんだ光が、たちまちオレの全身を包んでいく。
「今回も、いつもどおり。期限は一週間。
……………気をつけろよ」
最後に見えた不安そうな表情は、オレが仕事をする度にいつも見せる、お決まりのパターン。
そんなに怖いなら、頼むなよ。
なんて、そんなことわざわざいったりはしないけれど。
「あー、今回もめんどくせーんだろーな」
前回の苦労を思い出して、ふぅっと重いため息を吐いた。
ーーーー死神。
それは、数多く存在する神の一種で。
……………最も"ニンゲン"に近い神だと言われている。
ニンゲンは、どうやら神を万能だと思っている傾向が強いらしいが、そんなのはただの思い込みにすぎない。
神も種族によって、出来ることも決まっているし、作用出来る世界も限られている。
さらには、力の行使に条件が必要だったりもする。
そしてその最たる例は、オレたち死神だ。
死神は、その名の通り、死を司る神。
唯一、絶対の"終わり"を行使できる神だ。
その力は絶大で、そうであるがゆえにオレたちには多くの制約が課せられている。
例えば、自分の能力を使うためには、キッチリとした契約を結ばなければならない。
その契約というのは。
「ーーーよって、貴方は一週間後、すなわち20××年、4月1日に命を落とすことになっています。
これは変えられない絶対の真実ですが、そのかわり貴方には"その真実を歪めない"範囲で、私に願い事をする権利が付与されます。願い事の制限回数は、3回です。
貴方に与えられた期限を超過することさえなければ、いつ使っていただいても大丈夫です。
貴方の腕につけられている腕輪は、貴方以外には見えない、私と貴方を繋げるツールです。
私に御用がございましたら、その腕輪に念じていただければ私が召喚される仕組みになっております。
…………ここまでで何かご質問は?」
一息にそう告げて、パチパチと目を瞬かせる男と目を合わせる。
彼は、中々に背が高く、もうとても少年と呼ばれるような年齢ではなかったけれど。
その瞳は、まるで少年の様に無垢な輝きを伴っていて、なんの汚れも知らないとばかりに澄み渡っている。
なるほどな、と思う。
その瞳は、たしかに"罪悪感"を抱かせるのに充分であろうほどの、不思議な引力を伴っていた。
………………死神は、"ニンゲン"に一番近い感性を持つ。
それゆえに、中には必ず"己の職業に耐えられない"者が存在した。
おそらく、このとんでもない力を利己的に使うことがないよう、制御装置として組み込まれているだろう"良心"に似た何かは、必ずしも順機能だけを発揮するわけではなかった。
ーーーつまり。
罪悪感に耐えられず、湧いた情に耐えられず。
"人間を見逃してしまう"死神が、存在する。
けれど、一度でも対象を見逃してしまえば、それはもう"死神"ではないのだ。
神は、神としてしか存在が認められていない。
そしてその数は、常に一定に保たれている。
さらに、神に"生や死"の概念はない。
ただ気付けばそこにあって、神でないのなら、初めからないのと同じ。
そう、できている。
そして、心が綺麗な人間や、同情をさそう背景を持った人間、殊更に若い人間を対象とする時。
無に還る神の数は、増大した。
これは、オレがアイラにこき使われていることと、密接に関わっている。
…………俺は、死神の中でも、どちらかといえば神に近い感性を持っている変わり種だから。
"神様"は基本的に"ニンゲン"が嫌いだ。
生き物とは、ある程度利己的に生きるものだが、"ニンゲン"のそれは度を超えている。
笑顔で、意識せずにほかの生き物の命を踏み荒らし、それに気付きすらしない様子は、神からすれば永遠に成長しない傲慢で無知な赤子のように見えるのだ。
その価値観を色濃く引き継いだ俺は、要するに"ニンゲン"に同調しない。
"ニンゲン"の尺度で生み出された健気さや、綺麗さになんて影響されない。
めんどくさいとか、やり難いと思ったりすることはあるが、だからと言って秩序を乱すほど、入り込んでしまうこともない。
だから、これまで行使してきた"終わり"の数は、そんじょそこらの死神には負けないし、なんならアイラに並ぶ位にはよく働いている。
そういうわけで、アイラからほぼ絶対の信頼を勝ち取っている俺は、"死神がいかにも同情してしまいそうな対象"専用として、見事こき使われる羽目になっているのだ。
「ーーーえーーっと、テラさん?だっけ?
じゃあ、君は、死神ってやつなのかな?」
その声は、そう大きくはなかったのに、不思議と部屋に響き渡る。
精巧に作られたガラス細工がぶつかるような、綺麗に澄み渡った音色だった。
しばし自分の役目も忘れて聴き入る。
……………こんなに心地よい音色を持つニンゲンがいたなんて、驚きだった。
「…………はい、そうなりますね」
そう答えれば、やはり澄み切った瞳は、己のうちの興味を提示するようにきらりと一度きらめいた。
そしてじわじわと、陶器のように白い肌に朱がさしていく。
その様子もまた、果実が熟れていくような、視線を引きつける美しさを内包している。
「すごい…………!まさか生きているうちに、君みたいな存在に会えるなんて……!」
そんな、突飛な発言に面食らう。
泣き喚かれたり、信じてもらえなかったことは数え切れないが、歓迎されたのははじめてだ。
目を白黒させている間にも、そいつはクルクルと俺の周りを動き回り、ペタペタと俺に触ってくる。
「あの、なにを」
「すごい……!触れる……!体温は感じないけれど、触れた感覚も人と変わらない…!どうなっているんだろう?構成元素は人と同じ?それとも、元素とは全く違うなにかから構成されているのかな?
なんで、意思疎通に問題がないんだろう。
不思議だね…………」
抗議をしようとした声は、相手のマシンガントークに遮られて、形を為さずに消えていく。
「うーーん、すごいなぁ。自分が今、神様に触っていると思うと、なんだか感動的だね。やっぱり、どんな風に人と構造がちがっているのかはわからないけれど…………」
そこで今度は、するりと頬に柔らかく触れられて。
「…………綺麗だね」
目の前で優しげに弧を描く瞳が、唇が、尊いものを愛でるように、そう紡ぐ。
…………どうなっているんだ。
対象から、こんなに全面で好意を示されたのは初めてで、混乱する脳みそを抱えて、ため息をついた。
どうしろってんだ。
「…………そういった接触は、特別な理由がない限り、ご遠慮頂きたいのですが」
平静を装ってそう告げれば、触れていた腕は名残惜しそうに離れていく。
「ああ、ごめんね。僕の悪いところだ、気になったものにはどうしても迫ってしまう傾向があってね……」
申し訳なさそうに離れていく対象に、媚びや欺瞞の色は感じられない。
「…………次から気をつけていただければ、結構です。願い事が決まりましたら、先ほどお伝えしたように、腕輪を通してお呼びください。それでは」
あまりのやりにくさに、先手必勝とばかりに逃げようとすれば。
「あ、まって!!!願い事、1つ決まったんだ!」
手を引かれる感覚とともに、ぽすりと対象の腕の中に収まってしまう。
じわりと背後から伝わる温もりは、なんだか居心地が悪くて、もぞりと身じろぐけれど。
「僕が死ぬまで、僕の1番近くにいてほしい、だめかな?」
その言葉に、ピシリと全身が固まった。
…………この男、正気か?
さすがに冗談だろうと思うのに、すぐ後ろから聞こえる、男の早い心音が示すのは、おそらく緊張。
願い事に、死神本体が関与するなんて、聞いたこともない。
けれど、俺の存在は別に対象の寿命の長さには関与しないわけで、つまり、断る要素が見つからない。
「………………わかりましたから、離れてください」
「あ、ごめんね!」
「…………1番近く、とはどういう意味でしょうか」
抽象的な表現の仔細を尋ねれば、やっぱりその澄んだ瞳は嬉しげに輝く。
その瞳は、なんだか眩しくて。
少しだけ目をすがめた。
「身体的にも、精神的にも、1番近くにいてほしいなぁ。親友みたいな、とにかく掛け替えのない相手になれたらなぁ、なんて」
そして、投げかけられた内容の難しさに、さらに目を眇める。
……親友?…………掛け替えのない相手?
……基本的に、死神は願い事を完全かつ完璧に叶えねばならない。
そして、そのために魔法じみた力も持ってはいるのだが。
「…………お恥ずかしながら、そのような関係を築いたことがないので、貴方を完全に満足させられないリスクがございますが、それでもよろしいでしょうか?
勿論、最善は尽くさせていただきます」
当然、精神面でのマニュアルなんてものは存在しないわけで。
「……!もちろん!うれしいよ、ありがとう!!!」
向日葵のように明るい笑顔に、なんだか逃げ出したい気持ちになった。
今頃冥界で呑気に書類仕事をしているだろうアイラが恨めしい。
ーーーーーどうやら俺は、とんでもない貧乏くじを引いてしまったらしい。
ーーーーーーーー
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
4 / 19