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melt.8(R-18)
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「!!!!」
ーーーーいつの間に。
気付かない間に後ろに立っていたらしい男。
掴まれた腕を睨んだって、状況はなにも変わらない。
「離してください」
「いや、だから」
「待ちません」
「でも、お前」
「放っておいてください」
今更な気がしないではないが、気を抜けば崩れそうになる言葉遣いを必死に正しながら言い募る。その言葉尻が震えるくらいに、必死だった。
はやく、ここから。
はやく、この感情から。
ぬけださないと。
そんな、湧き上がる衝動に駆り立てられていた。
「……金、いらねぇのか?」
だから、そんな困惑したような声が降ってきて、愕然とした。
ーーーーそうだ、金。
これを手に入れるために、あんな思いをしたというのに。
これがなければ、あの苦行の意味さえなくなるというのに。
「…………ッ!」
途端に自分の行為に対する羞恥で、顔に熱が集まる。
なに、やってんだよ俺。
「…………はぁ」
男はその様子を見て、呆れたように1つため息をつき、俺から手を離して室内に引き返していく。俺がついていくと確信したからだろう。
「………………」
実際、付いて行かないなんて選択肢は、存在するはずもなく。
ふらりと、引き寄せられるように後ろを追いかけようとして、ぺしゃりとその場に崩れ落ちた。
遠ざかる足を視界に写したまま、ぐるぐる考える。
逃げたい、消えたい、飛び出したい。
そんな、今にもはち切れそうな衝動も感情も、目的の前では飾りにもならない。
嫌悪感もなにもかも、そうやって見ないふりをしてきた。殺してきた。
ずっとそうだった。
そうすることが、当たり前だった。
それ、なのに。
目的そのものを忘れて、逃げようとするなんて。
気が付けば、戻ってきた男に抱えあげられ、ベッドの上に下ろされていた。
「ほら」
そうして、おもむろに、なんの躊躇いもなく差し出される封筒。お札なんてただの紙だから、十数枚重なったくらいじゃ、大した厚さじゃない。
だから、そんな厚みになんて、なるはずもない。
封筒をあけて札を数え上げれば、案の定。
「……あの、多い、です」
掠れたひどい声が出て、死にたくなる。
まぁそもそも、どんな顔で、どんな声で喋ったところで、この気まずさも居たたまれなもきえないだろうけど。
だって、中にあるのは30枚の札。
黙って受け取ればいいのかもしれないが、それは俺のポリシーに反するし。
あとでなにか言われたら、たまったもんじゃない。
「ああ、チップみたいなもんだ。なんかうまいもんでも食えばいい」
だけど、男はさらっとそんなことを言って、なんでもない顔をする。
『ありがとうございます』
そう言って、笑えばいいのだろう。
そうして、さっさと部屋を出て。
また、関わり合いのない他人として、背を向けて。
幸運にも向こうからまた求められることがあれば、ラッキーだとそれを享受すればいい。
そうやってきた。
そうやっていく、はずだろ。
そうすべき。
逆に、そうしない理由がない。
「………………」
チップを渡してくるのは何もこいつが初めてってわけじゃないし。
……さすがに、15万も渡してくるやつはいないけど。
それでも、気前のいい客はそれなりにチップを落としてくれるし、俺はそれを受け入れてきた。
まして、尊厳を踏みにじられたんだ。
もらって損はない。
なのに。
「…………いりません」
気付けば、そう言ってお札をきっちり半分、突き返していた。
理由の判別がつかない不快感に呑まれて、自分ではどうしようもない。
何故なのか。
そんなことは、自分にだってわからない。
もらえるなら貰った方がいいに決まってる。
そうすれば、その分だけ恵太を幸せにできるはずなのに。
「………………」
それなのに何故か、そうしてしまえば、この目の前のうつくしい男に、全てを壊される気がした。
覚悟していたはずなのに、きっとできていなかったんだ。
プライドを踏みにじられ。
快楽を植え付けられ。
過ぎた施しを受ける。
そんなことに一度甘んじてしまえば、もう立てなくなる。
だって、見かけより、自覚より、多分この心はもうズタズタだから。
だけど、こんなことで崩れるなんて、許されないんだよ。
たとえ誰かが許したとして、俺自身が許せない。
俺が決めたんだ。
俺が、この手で、この体で。
朽ち果てるまで、死ぬ気で。
ーーーー恵太を守ってみせるって。
「…………むずかしいな、お前」
男はそれに不快を示すでもなく、ただそう言って、突き返した札束を受け取った。
「……そんな鶏ガラみたいな腕して、キッツイ目して。そのくらい切羽詰まってるくせに、甘えることすらしないのか。お前まだ高校生だろ。一体何考えてんだよ」
苛立ったように髪をかき混ぜ、ため息を吐くそいつ。
……お前には、関係ねーよ。
なぜわざわざ、こんな厄介そうなやつに関わろうとするのか。そっちの方がよほど理解できない。
「…………ま、わかったよ。お前には不要なんだな」
だから背けた顔に降ってきた、諦めたような声音にほっとした。
「……じゃあ、そういうことなんで。ご利用ありがとうございました」
あらゆるモヤモヤを握りつぶして、無機質にそう言って、背を向けた。
今度こそ終わりだ。
ああ、さっさとあのボロアパートに帰って、全てを洗い流して、日常に戻りたい。
客観的に見れば、ただ1人の客にすぎないこいつにこんなにもかき回されるなんて、非合理的すぎる。
それなのに。
「はぁ、だから、まてって」
もう一度呆れたように男に腕を引かれ、俺はいとも容易く、やたら感触の良いベッドに倒れこんだ。
ふわりと体を包むのは、ついさっきまで感じていた、無駄に柔らかく質のいい感触。
ヤってお金をもらう、そのための場所に拘りなんてない。
だから大抵の男は適当に一番安いホテルに入るというのに。素性を晒して、自分のスペースにこんな得体の知れないやつを引き入れて。
こいつはよっぽど酔狂なのか、金持ちの道楽か。
「…………まだ何か御用ですか?」
とうとう不快さを隠さず、慇懃無礼にそういえば、何故か少しだけ男の表情が和らいだ気がした。
なんでだよ。普通怒るとこだろ。
ほんっと、意味わかんねー。
「俺はまだ帰って良いなんていってないぞ」
「はい……?もう一度、という意味でしょうか?」
それは流石に勘弁してほしい。
追加料金を貰ったとしても、明日がやばいことになるのは目に見えている。
それともさっきの金は2回分と言う意味だったのか。
と、そこでふと違和感。
……………俺、こいつに俺のサービスの説明した?
いつもなら欠かさない、ルールの説明。
それから、同意を得たという証拠をとるための録音。
けれど記憶のどこを探っても、した記憶がない。
ドタバタと連れ込まれて、なだれ込むように行為を始めた記憶しか。
「は?そんな鬼畜じゃねえわ。普通に朝まで隣で寝ろ」
1人焦る俺に気付いているのか、いないのか。
男は拍子抜けするほど普通にそう言って、グイグイ俺を引き込むと、その腕の中に俺を閉じ込めた。
「!?」
はじめての事態に反射で身を逸らせば。
「落ちんぞ、あぶねぇな」
むしろ先程よりもしっかりと抱き寄せられた。
「あの!申し訳ございませんが、俺のサービスは、本番一回ごとの勘定なので、その他のオプションは一切、」
「ふぅん?それは初めて聞いたな」
ございません、と続くはずの言葉は遮られ。
落とされた台詞に、頭を抱えたくなった。
やっぱり説明してなかったか。
「こういうのは、前もってルールを説明すんのが筋じゃねぇの?」
その言葉には、反論の余地がない。
説明もしないなんて、なにを言われても文句は言えない、最悪の事態だ。
「………………」
あーもー、本当、今日はついてねぇ。
ミスしすぎ、調子狂いすぎ。
本当、バカすぎだろ。
「ま、そういうことだから、諦めておとなしく寝ろ」
こんな状況だから、もっと悲惨な要求だってできるだろうに。
俺のミスを利用しながらも、完全には利用しない、その生温い優しさが、さらに俺を惨めな気持ちにさせる。
「…………いやでも、このまま寝るとお客様を汚してしまいますし」
意地のようにそう紡げば、形の良い眉が僅かに潜められた。
「……わかった」
不満げながらも離れた手にほっとし、風呂に入った後の逃走計画を練っていると。
「ほら、さっさと入るぞ」
「………はぁ?!」
強引な手に、シャワールームに引き摺り込まれた。
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