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「おじゃましまーす」
「いやちょっと待て」
当たり前のように人の家に上がり込もうとした七海を制する。
何故こいつ人の家までちゃっかりついてきているんだ。
というか何故俺もそれを許した。
学校から徒歩15分。
七海との会話に気を取られていたら、あっという間に自分の家へたどり着いてしまった。
たどり着いたマンションの一室の前で、ガシッと七海の腕を掴む。
「えー、ここまで来てダメですか」
「…は、お前まさか最初からそのつもりだったなっ!?」
「あ、バレました?みーちゃんが徒歩だったんでつい」
なにがついだ。
テヘ、とわざとらしく舌を出している七海の顔をジトッと睨む。
責任だなんだと言っていたくせに調子のいいヤツだ。
「もういい。気が済んだらさっさと帰れよ。俺はシャワーを浴びて寝る」
どこかの馬鹿犬のせいで身体がクタクタだ。
どうせ俺の家なんて学生が喜びそうなものは何一つないし、それにコイツは一度言い出したら聞かない。
もう家の場所も知られてしまったしさっさと部屋の中を見せたら飽きて帰るだろう。
「みーちゃんってめちゃくちゃ綺麗好きさんなんですね」
一人暮らしにしては間取りの広い、ガランとしたこの部屋。
今の学校に転任してから越してきた場所だが、誰かを呼ぶのは初めてだ。
「あまり余計な物を置くのが好きじゃないだけだ。面白いものはないから飽きたら勝手に出て行け」
そう言ってシャワーを浴びに行く。
熱いお湯を浴びながら今日一日の自分の行動についてげんなりと反省会をしつつ、風呂から出る。
Tシャツにハーフパンツと軽装を身に着けタオルで髪を拭きながら出てくると、七海の姿が見当たらなかった。
どうやら帰ったらしい。
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、口付けながら書斎の扉を開ける。
寝ようと思ったが学会に発表する論文の期限が迫っていた。
「…お前帰ったんじゃなかったのか」
扉を開けたら、そこに七海がいた。
人の数学の研究を勝手に見ていたらしい。
俺の言葉で気付いたように七海が書類から顔を上げた。
「…みーちゃんすごいっすね。俺には全然内容が分からないです」
「授業でやっていないのだから当たり前だ。こんな授業外のところまで話が出来る生徒なんて真島くらいだ」
「真島先輩が?」
七海がどこかハッとしたように俺を見る。
コイツも懐いている生徒だから凄いと称賛してはしゃぐのかと思ったら、七海はどこか難しい顔で手に持っていたノートに視線を落とした。
いつになく大人しくなったその様子に少し違和感を覚える。
髪を拭きながら七海の元へ行くと、視線を落としているノートを覗き込む。
これを今の七海に説明するのは難しいだろう。
「数学教師は数学を教えることが仕事だ。数学の問題を研究するのとは違う」
「…え?」
俺の言葉に七海が顔を上げる。
「お前の目指すものは数学教師でバスケ部の顧問だったか。ならばちゃんと授業を聞き相応の勉強をしていれば今は何も問題ない」
「…でも真島先輩は分かってたんですよね」
拗ねたりむくれたりといった顔ではない。
本気で納得いっていないような顔は、どこか自分を責めているようにも見えた。
あまりに珍しい表情に、こっちが落ち着かなくなる。
七海が見ていたノートをさっと取り上げると、そのノートでポンと頭を叩く。
「変に自信を無くす必要はないと言っているんだ」
「…あれ、もしかしてフォローしてくれてます?でもやっぱりなんか悔しいんで、いつか絶対分かるようになってみせます」
「想像し難いがそうなったら楽しみではあるな」
ふっと煽るように鼻で笑ってやる。
今の姿からは到底想像出来ないが、それでも高校生の可能性なんて無限大だ。
だが七海は俺の様子に煽られるでもなく、ずらりと並んだ数学に関する書籍や研究に再び目を向ける。
「…きっと追いついてみせます」
その表情からはいつものふざけた態度など全く感じられなかった。
学生は明日から夏休みということもあるんだろうが、全く帰る様子のない七海に仕方なく飯まで食わせてやってから帰れと促す。
作ってやったのは簡単にチャーハンだが、七海は大喜びで平らげていた。
「高校生は23時以降の外出は禁止だと条例で定められている。遅くならないうちに帰れ」
片付けを手伝うという七海に食器洗いをさせながら、隣で腕を組んでキッチンに寄りかかる。
俺の言葉に七海はふ、と表情を綻ばせて笑った。
「そういうところほんとみーちゃん厳しいですよね。俺時間とか気にして貰ったの初めてです」
「何を言っている。お前の親だって遅くなれば心配するだろう。夕飯も作って待っていてくれてるんじゃないのか」
「…んー、まあ俺んちは大丈夫っすよ」
大丈夫とはどういう意味だと眉を潜めたが、何も言わずニッと七海は俺に笑顔を見せた。
ドキリと心臓が跳ねたが、鼻の頭に泡がついている。
どんな洗い方すればそこに付くんだ。
食器を洗い終えたら大人しく帰るらしい七海が鞄を持ち上げる。
マンション下まで送ってやろうかと思ったが、玄関先で肩を押された。
「夕飯めちゃくちゃ美味かったです。本当は犯し足りないんですけどみーちゃんお疲れだし、また遊びに来ますね」
「人を簡単に犯すな。そして何をちゃっかりまた来ようとしている」
「なら俺んちに来ますか?基本誰もいないから気にしなくて大丈夫っすよ」
「それはただの家庭訪問だ。必要なら神谷に行かせる」
「えぇー。カミヤンと俺が二人で何するんすか。さすがに勃つかなー」
いやお前が何しようとしている。
ジロリと睨んだら、冗談ですってと七海がいつものようにくだけた態度を取る。
本当にコイツは俺には到底理解出来ぬだろう思考を持っている。
が、ふと気づく。
あまりに自然で当たり前のような口ぶりで言っていたが、基本誰もいないとはどういうことだ。
さすがに言葉通りの意味ではないと思うのだが。
違和感を感じたが、すっと指先が耳に伸びてくる。
優しく撫でられてどこか耐えきれず視線を逸らすと、七海はクスリと目を細めて笑った。
「おやすみなさい」
そう言って俺の額にキスを落とす。
夏の夜風がふわりと玄関から入り込み、熱くなった頬を通り抜けていく。
いつの間にか蒸し暑くなっていた気温と、忙しなく聞こえる虫の声。
俺と七海が出会って、最初で最後の夏休みが始まる。
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