アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
88
-
神谷と少し話をしたらようやく落ち着いてきた。
ストーカーと話をして落ち着くのもおかしな話だが、今の俺の内心を分かっているのは現状コイツしかいない。
コイツにだけは知られたらまずいと思っていたのに、いつの間にか俺の理解者のようになっている。
ぐしゃりと前髪を掻いて一つため息を吐き出す。
「すまなかった。少し取り乱した」
「いえ、戻りましょうか。コーヒー淹れていきますね」
「…ああ」
戻ろうとして、ふと思い出す。
そういえば神谷を祭りに誘えと結城に言われていた。
誘えと言われても、俺は仕事や数学に関する事以外で人を誘ったことはない。
数少ない友人もほとんど数学関係者だし、そもそも自分も興味のない場所へ行くのになぜ人を誘わなければならない。
いや、それより結城に協力してやる義理なんてない。
だが結城の煮え切らない笑顔と、七海のことを考えるとどうしてもモヤモヤとしてしまう。
「…お前週末は何をしている」
「え?部活がありますが」
「いや、夜だ。空いているのか」
単刀直入に聞いたら神谷がコーヒーを淹れていた手を止める。
思い切りポカンとした顔で見つめられた。
どのみち俺に遠回しな表現など出来ない。
誘うのなら普通に誘うしかない。
「祭りの巡回をしなければいけないのだが、暇ならお前も付き合え」
「――えっ」
神谷が俺の顔をまじまじと見つめる。
もしかしたら今まさに、読心術を使われているんだろうか。
それならもういっそ結城のところまで読んでくれ。
「あ、空いてます。…いえ、何があっても行きます。どうされたんですか。あなたが人を誘うなんて珍しいですね」
神谷はそう言って至極嬉しそうに笑った。
含んだような笑顔は見慣れているが、それは本当に嬉しそうな笑顔で複雑な心境になる。
どうやら今に限っては読心術が使えていないらしい。
余計に胃が痛くなってきた。
今日一日の仕事を終えて、帰り支度をする。
夏休み中ということもあってそこまで遅くなるほどの忙しさはないが、窓の外には夕闇が落ちている。
「……」
アイツはまだ自習室で待っているんだろうか。
このまま帰ることも考えたが、放っておけないという気持ちのほうが勝ってしまう。
なんだか胸がキリキリと痛むが、同時に七海が待っているのかと思うとどこか落ち着かない気持ちもある。
自習室に足を運ぶと、まだ数人の生徒が残って勉強をしていた。
その中に七海の姿を見つける。
どうやら仲睦まじく隣の女子と話をしながら勉強しているらしい。
ザワザワと苛立つような気持ちが沸き上がる。
見ていられず踵を返そうとしたが、すぐに七海が俺の姿に気付いた。
その表情がいつものようなパアッと輝く明るい笑顔へ一変する。
あっという間に隣の女子に別れを告げると、机の上の物を投げるように鞄に入れて俺のもとへと駆け寄ってきた。
「お疲れ様ですっ。迎えに来てくれたんですか?嬉しいですっ」
さっきまでイライラとしていたのに、そんな顔をされて駆け寄られたら簡単に心が絆されてしまう。
そしてそんな自分に気付いて、またしてもため息を吐き出す。
「あれ、どうしたんですか?ご機嫌斜めさんですか?」
「…いや。なんでもない。少し待っていろ」
げんなりしながら自分の職務を思い出すと、自習室にいる生徒に帰るように促す。
鬱陶しいという表情で帰っていく生徒を見送りながら、戸締まりをする。
やはりどうしても七海を突き放せない。
本人を目の前にすると、目眩がしそうな心音に逆らうことが出来ない。
結局スーパーに寄って、七海がリクエストしていたカレーの材料を選ぶ。
「みーちゃんってカレーは甘口なんですか?」
「何か文句があるのか。子供に合わせてやっているだけだ」
「あ、そうだったんですか?俺別に辛口でもいいくらいですけど――」
なんか言っている七海を無視してレジに並ぶ。
子供は黙って甘口を食っていろ。
何か隣でクククと噛み締めたように笑っている七海をジトリと睨みながらスーパーを出る。
夏祭りのチラシが入り口に貼ってあって、ふと視線を向けた。
「みーちゃん、お祭り一緒に行きましょうよ。りんご飴買ってあげますから。甘くて美味しいですよ」
「…なんだその釣り方は。無理だ。生徒となんか歩けるか」
「あーあ、ですよねー。そう言われると思ってました」
残念そうにがっくりと隣で落ち込まれた。
結城の話はあるが、やはりどう考えても生徒と遊び感覚で祭りに行くことなんて出来ない。
一緒に行くとなると話は別だ。
とはいえあっという間に七海は気を取り直して、今日あった面白い出来事などくだけた話を始める。
冗談は好きじゃなかったはずだが、コイツの話には耳を傾けてしまう。
当たり前のように七海がスーパー袋を持ってくれて、二人で会話をしながらマンションへとたどり着く。
「みーちゃん」
鍵を開けて中へ入ると、名前を呼ばれ後ろ手を引かれた。
同時にドサッと床に落ちるスーパー袋の音。
引かれるままに玄関先の壁に身体を押し付けられていた。
近い位置で合った視線が熱を持って俺を見下ろす。
「…七海?」
あまりに強引な態度に文句を言いかけたが、七海の顔はさっきまでのふざけたような笑顔でも、挑発するような色気を持った顔のどちらでもなかった。
「触らせて下さい。限界なんです」
どこか苦しそうな表情が俺を見下ろしていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
94 / 209