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――ドン、と大きな音と共に花火が次々に上がる。
それに伴い楽しげに声をあげる人々。
『みーちゃん、やっぱり一緒にいたいです。俺に少しでいいから時間をくれませんか』
電話越しに届く、七海の声。
落ち込んでしまったかと思った。
あんなに怒っていて、嫌われてしまったらと不安になった。
『さっきは人前ですみませんでした。ちゃんと頭冷やそうと思ったんですけど、カミヤンと一緒にいるのかと思ったら全然冷えなくて無理でした。やっぱり好きな人が他の奴と一緒に花火見てるなんて嫌です。仕事だって分かっててもガキだって思ってもめちゃくちゃ嫌なんです』
本当に七海は子供だ。
こんな言葉、仕事の大事さも責任もまだ何も分かっていない、駄々をこねているだけの子供の発言だ。
そんな我儘が社会で通用するわけがない。
『俺を選んで下さい。大人になるって我慢を覚えることですか?空気を読むことですか?俺は何年経っても許せる気がしないです』
だからそれが子供だと言うんだ。
今この時のために全力すぎるほど全力で、どうせ先のことなんて後から考えたってなんとかなると思っているんだろう。
大人になればなるほど余計な心配事ばかり考えてしまって、そんな風に真っ直ぐな言葉を真っ直ぐなまま受け取れなくなっていく。
『…好きです。大好きなんです。どうしても一緒にいたいです。俺に時間を下さい』
七海の言葉が、真っ直ぐすぎて苦しい。
ただの子供の言葉だと、今だけでいつ飽きるかも分からない気持ちだと分かっているのに、それでも息が出来なくなりそうな程呼吸が詰まる。
「な…七海。俺は――」
言いかけた言葉が花火にかき消される。
ドン、ドンと次々に上がる花火が、大人として酷く自信の無くなった俺から声音を奪っていく。
『え?なんですか?聞こえないです』
夜空に咲く花火の音。
上がる度に賑わう観衆の声。
七海の快活な声と違い、今の俺の言葉はあまりにも小さい。
ひたすらにドキドキと心臓の音がうるさくて、自分でも自分の声を聞き取れやしない。
「お、俺は…その、ずっとお前が怒っていないかと…」
『え?聞こえないですって。みーちゃんどこにいます?花火の音が大きくて――』
「だから…えっと…っ」
頭が真っ白で言葉が出てこない。
喉が支えてしまったように、ハッキリとした言葉が告げられない。
いつも生徒指導で怒鳴っている声量はどこへ行ってしまったんだ。
人はどんどん増えていき、肩がぶつかるほど多くなっていく。
なんとか聞き取れる程度の七海の声を、必死に耳に携帯を押し当てて聞く。
『あれ、みーちゃん。聞こえますか?』
もしもーし、と七海の声が耳に届く。
ちゃんと聞こえている。
七海の声を聞き逃したりなんかしない。
だけど七海に告げていい言葉なのか自信がない。
今までに言ったこともないから余計に自信が持てない。
そもそもこんな俺が言っていい言葉なわけが絶対になくて、それでもどうしようもなく伝えたい。
聞こえないかもしれない。
変に思われるかもしれない。
「な、七海…その」
『えっ?なんですか?』
大きな声で返ってくる声は忙しなく、時たまぶつかったような人の声が聞こえてくる。
もしかしたら俺を探して歩いているんだろうか。
そう気付いたら堪らなく込み上げる気持ちが止められなくなってしまう。
それは今まで数学以外全く興味を持ってこなかった俺が、人生で初めて勇気を出した言葉だった。
「…あ、会いたい」
口に出したら、堪らなく暴れ出したくなりそうな熱が顔に昇る。
元々音が聞き取りづらいところに、ちょうど連鎖花火が上がりドンドンと激しい音が鼓膜を揺らす。
人混みに紛れた俺の言葉など、あっさりと周りの賑やかな音にかき消されてしまっただろう。
なけなしの勇気を振り絞って言った俺の声は、きっと七海には届かない。
だが一拍の間を置いて、携帯からハッキリとした声が返ってきた。
『――俺もです。今すぐ行きますね』
七海の声が息を切らして走り出したのが分かった。
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