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絶句してしまった。
今七海の言った言葉が本当だとしたら、それは一体いつからだ。
父はいるのに家族がいないなんて、義務的に面倒を見てもらっているだけだなんて、とてもじゃないが子供の言うセリフではない。
掛ける言葉が見つからず唖然としてしまった俺に、七海は困ったように笑った。
「あーもー、そんな顔しないで下さい。別に面倒なこと言われないんで楽っすよ。昔から友達も多いんで寂しいとかないですし」
七海の交友関係が広いのは分かっている。
だけど友人と家族とでは別だ。
まだ高校生なのにそこまで割り切って笑顔でいられるなど、そこに至るまでに計り知れない葛藤があったのではないか。
「…すまない。俺はお前のことを全く分かっていなかった。今まで無神経な発言をしてしまっていたな」
家で夕飯を作ってくれている人がいるんじゃないのか、など安易な発言を何度かしてしまっていた。
生徒指導を受け持っていると訳ありな生徒は多いから、発言には気をつけなければと思っていたのに。
七海の天真爛漫さからは想像もつかなかった。
表情を曇らせた俺に、七海は視線を逸らして小さく息を吐き出す。
「…だからこんな話誰に言っても面白くないんで、言いたくなかったんですよ。こっちが気を使わないといけないし」
どこか冷たく落ちてきた言葉に、ドクリと嫌な心音が鳴る。
「ああ、でも同情買ってみーちゃんが俺に構ってくれるならそれもアリっすね」
「…お前なんて言い方するんだ」
「ダメですか?みーちゃんそういうの見過ごせなそうですもんね」
七海はそう言って冗談めかしく笑顔を作る。
違う。
そんな言い方は、はぐらかしていた時と何一つ変わらない。
俺に話をしてくれたはいいが、それでもこれでは意味がない。
「帰ったら何してもらおっかなー。楽しみです」
七海は隣を歩く俺を見下ろして、挑発的に目を細めてみせる。
どこか茶化したような態度はいつもと何も変わらない。
思わずため息が漏れた。
「…馬鹿だな、お前は」
全くコイツは。
だから子供だと言っているんだ。
生意気そうに俺を見下ろしているその顔を見上げる。
そのまま挑発に乗るでもなく、フッと鼻で笑ってやった。
「お前は俺と違って色々と慣れている奴なのかと思っていたが、随分不器用なところもあるんだな」
「…え、何言ってるんすか」
「やはり子供だなと実感したところだ」
「は、なんですかそれっ」
む、と七海が表情を変えて俺を見下ろす。
そう、それでいいんだ。
子供が下手に大人ぶるから違和感が出る。
同年代ならそれで誤魔化せるかもしれないが、さすがに一回り上ともなると見過ごせない。
「そんな話をした時くらいは、素直に甘えていいんだ。お前にとって俺は教師だけではないんだろう?」
「…そうですけど」
「俺にとってのお前も生徒だけではないと伝えたはずだ。そんな俺になぜ取り繕う必要がある」
分かって欲しい。
俺が七海の力になりたいと思っていることを。
俺の前では、気を使う必要なんてないことを。
七海は俺の言葉に一瞬表情を強張らせたが、すぐにさっと照れたように視線を逸らした。
「…好きな人には弱みを見せたくないって気持ちもあるんですけど」
「強がった結果神谷とのことを勘違いして怒ったのは誰だ」
「う…やっぱみーちゃんは大人っす」
そう言って七海はどこか観念したように苦く笑った。
人気のない閑静な住宅街。
照らすものは等間隔に置かれた蛍光灯だけで、パチパチと無機質な音を立てている。
俺の家はもう目と鼻の先だが、七海は不意に足を止めた。
は、と隣を見上げると、突然ふわりと上から覆いかぶさるように抱きしめられる。
すぐ耳元に寄せられた唇に、忘れていたように身体が昂ぶっていく。
「――じゃあみーちゃん、俺のこと慰めてくれますか?」
呟くようにぽつりと告げて七海は俺の肩口に額を付けた。
言ったはいいが、それより先に俺の心臓が止まりそうだ。
真っ暗な室内。
帰ったら勢いよく抱きかかえられて、有無を言わさず自室のベッドへ連れてかれた。
薄闇の中、ベッドの上で座り込んだまま七海と向き合う。
窓から差し込む月明かりだけがお互いを照らしていて、うっすらと見える七海の顔をぼーっと見つめる。
伸ばされた指先が優しく俺の頬を撫で、耳を通り過ぎ髪を梳いていく。
七海はまるで大切なものを触るような手付きで、ただ確かめるように俺に触れていた。
慰めなければいけないのは俺の方なのに、頭が真っ白で働かない。
暖かい手のひらの温度が堪らなく心地よかった。
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