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用件は俺宛の電話で、どうやら折返しにしてくれたらしく緊急の用事ではなかった。
なんだと力が抜けるのと同時に、七海にやはりちゃんと詫びておくかという気持ちになる。
さすがに血が出るとは思わず、俺のほうが驚いてしまった。
文化祭を週末に控え、放課後は今多くの生徒で賑わっている。
特進科はそれでもやはり落ち着いていて、全体的に文化祭の準備よりは受験の方が大事といった雰囲気だ。
授業が終わり七海の教室へ行ってみたが、アイツの姿は見えなかった。
クラスの生徒は文化祭の準備をしているし、七海がどこへ行ったのかと聞いてみる。
「さ、さっきまでいたけど普通科の女子に引っ張られて行きましたっ」
青い顔で教えてくれた生徒にイラッと目を細める。
アイツめ。何をチャラチャラと遊んでいる。
別に目の前の生徒に苛立ってはいないが、なぜかすいませんと謝られつつ普通科へと足を向ける。
喫茶店やお化け屋敷など教室を作っているクラスを眺めながら歩いていると、きゃいきゃいと騒ぐ女子の中に七海の姿を見つけた。
「ななみーん、見てみて。どーお?」
「可愛いーじゃん。いつもと全然カンジ違うな」
「ちょっとーそれ褒めてる?」
「めっちゃ褒めてるって」
ニコニコと屈託のない笑顔で楽しそうに会話している。
結城にも言っていたが、アイツはやっぱり誰にでもあんな風に言うのか。
案の定七海の言葉に気を良くしたように女生徒ははしゃいでいるし、同じように聞いてきた他の女生徒にも愛想良く返している。
アイツが誰にでも同じように人懐っこい奴というのは分かっている。
あの愛嬌があるからこそ俺だって心動かされて、今の関係になった。
そんなことは今更で、ちゃんと分かっている。
――だが。
七海に声をかけようと思ったが、そのまま黙って引き返す。
いつもならイライラした気持ちのまま七海を後ろからどついてやったが、苛立つ気持ちより再びわき上がった別の感情が俺の心を支配していく。
それでもまた後で構って欲しいと言っていたし、今日くらいは俺の家に来るだろうと思っていたが七海は来なかった。
ならやはり一言謝っておくかと携帯を持つ。
ディスプレイを操作し、七海の連絡先の前で手を止める。
ドキドキと心臓が速くなっていく。
掛けようと思うが躊躇してしまう。
時間的にも今勉強中かもしれないし、電話をすることで邪魔してしまうんじゃないか。
受験生の勉強の邪魔など絶対にしたくないが、それでも一言謝りたい。
でも大丈夫だと言っていたし、明日にしたほうがいいか。
いやでも謝ることを先延ばしにするのはよくないし――。
ぐるぐると頭の中で行ったり来たりの考えに悩まされてから、ようやく一つの結論に思い至った。
そっと携帯を持っていた手を下に降ろして、ため息を一つ。
ーーアイツの声が聞きたい。
結局のところたどり着いたのはそこだった。
『珍しいっすね、どうしました』
「あ…えっと」
電話を掛けたら、七海は本当にすぐに出た。
呼び出し音もほとんど鳴ってないうちに出るとは思わず、すぐ耳元で聞こえる七海の声に急激に体温が上り詰める。
「だ、大丈夫か」
『えっ?ああ、大丈夫ですよ。今風呂から出たところなんで』
そうじゃなくて唇の心配をしたんだが、頭が真っ白になって主語がどこかへ行っていた。
思わず前髪をぐしゃりと掻く。
アホか俺は。少し落ち着け。
『ぷ、どうしたんすか?お風呂上がりだし今どんな下着履いてるのとか聞いてくれないんですか?』
「な、なんだその質問は。俺は変態じゃないっ」
『んー、俺がいないと生きていけないドロッドロの変態さんになってくれるまではまだ時間かかりそーっすね』
「お前は一体なんの話をしているんだ」
そう言ってやったら、電話越しに七海の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
不安だった気持ちが溶け出し、その笑い声に心が暖まっていく。
電話を掛ける前はあんなにモヤモヤとしていた気持ちが、あっさりと晴れていく。
「…その。唇、噛んでしまってすまなかった。大丈夫か気になって」
『ああ、全然平気ですよ。ご飯食べたらちょっと沁みたかなー』
「う…すまない」
唇の傷は確かに食事をするには不便だ。
食べ盛りの高校生に悪いことをしてしまった。
『ふ、真面目に取りすぎですって。あれは俺ががっついたのが悪いんですよ。気をつけますね』
「えっ」
少し驚いた。
七海から自分の行動を反省する言葉が出るとは。
あれほど抵抗しても手慣れたように人を犯していたというのに、この期に及んで気をつけますとはどういう事だ。
ひょっとしてコイツ夏祭りの神谷の言葉をまだ気にしているんだろうか。
「…あー、もし不便ならまた夕飯食いに来ていいからな」
『えっ、マジですか?やった。じゃあ今度こそみーちゃんの手作りカレーか、ハンバーグかー』
今の言葉は個人的にかなり勇気をだして誘った言葉だったが、七海は素直にはしゃいだように喜んでいる。
夕飯のリクエストをしているが、そのどれもが見事に唇に沁みそうな食べ物だ。
それじゃ意味がないんだが。
相変わらずの態度にクスリと表情が緩んでしまう。
やっぱりコイツは変わらない。
『あっ、でもしばらくはみーちゃんち行くのやめときますね。それより文化祭の話ですけど――』
特に気にした様子もなく七海はさらりと言った。
何事もなかったように会話を続けているが、俺はその言葉に凍りついてしまう。
ひょっとして俺は今、七海に断られたのか。
電話越しに聞こえる話の内容など、もう頭に入ってこなかった。
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