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『もしもし、みーちゃんですかー?』
電話越しから相変わらず人を茶化すような、だがどことなく甘やかすような声音が聞こえてくる。
まだ起きていた。
声を聞いた瞬間からぶわっと顔に熱が昇り、ドキドキして堪らなくなる。
息をするのが苦しい。
「…あ、ええと…」
電話を掛けたのはいいが、何を言ったらいいんだろう。
声を聞けただけでもう胸がいっぱいで、頭が真っ白になる。
『俺もみーちゃんの声が聞きたいなって思ってたんです。一緒でしたね』
ギュッと心臓が掴まれてしまう。
電話して良かった。迷惑じゃなかった。
さっきまでの不安などあっという間に飛んでいったが、安心より先にどこか切なさが込み上げてきてしまう。
声を聞けるだけでいいと思っていたのに、今度は会いたいという衝動に駆られてしまった。
「…べ、勉強していたのか」
『はい。今日は結構頑張りました。それでそろそろ寝ようかなって思って日課のみーちゃんを…じゃなくて、みーちゃんは何してました?仕事ですか?数学の研究ですか?』
「ああ、俺は神谷と少し飲みに行ってきたんだ。お前はこんな時間まで勉強していたんだな。よく頑張ったな」
表情が緩んでしまう。
結構頑張ったという言葉を聞いて、堪らなくたくさん褒めてやりたいと思ってしまう。
受験生をあまり甘やかすのはよくないが、褒めるくらいしてやってもいいだろう。
だが俺の言葉を聞いて、不意に七海は言葉を詰まらせる。
それから返ってきた言葉は俺の予想していたものとは違った。
『――え、カミヤンと?二人でですか?』
急に声色が変わり、少し驚く。
いきなりどうしたんだ。
「…そうだ。別に教師同士で飲みに行くなど普通の事だろう」
『そうかもしれないですけど、カミヤンはみーちゃんの事が好きなんですよ?それを知ってるのに二人で酒飲みに行ったんですか?』
どこか責めるような口調をされ、唖然としてしまう。
俺は何か機嫌を損ねるような事を言ってしまったんだろうか。
「アイツは色恋以前に俺の後輩だ。先輩として面倒を見てやるのは当然だろう」
『だとしても俺は絶対に二人は嫌です。今から行きます。どこですか』
あまりに強気な七海の言葉に驚く。
明らかに甘やかすような声音から一変した声に、ドクドクと嫌な心音が鳴り出す。
ただ少し声が聞けたらと思って電話をしただけなのに。
さっきまでいつも通りの声で話をしてくれていたのに。
「も、もう帰宅して家だ。それにお前は未成年だろう。居酒屋などには入れないし、余計な心配はせずちゃんと勉強をしていればいいんだ」
『…余計な心配って…そうじゃないですよね。俺がみーちゃんの事を心配するのは当たり前です。なんでカミヤンと二人で飲みになんて行くんですか。どうして先に俺に言わないんですか』
「なぜお前に言う必要があるんだ。子供は自分のことだけ考えていればいい。今はお前にとって大事な時期であって――」
『子供、子供って…――俺はみーちゃんの何なんですかっ』
突然荒らげられた声にビクリとする。
宥めようと必死に言っている言葉なのに、どうして怒らせてしまったんだ。
思わず何も言えなくなって押し黙ると、電話越しに七海が息を吐き出したのが分かった。
一気に不安になって、足先から冷たい感覚が這い上がってくる。
『…最近はみーちゃんが俺の事認めてくれてるのかなって思ってたんですけど。やっぱり俺の事子供としてしか見てないんですね』
「だってそれは…」
子供だろう。
未成年を大人と呼ぶわけにはいかない。
七海はこれから受験を控える高校生で、本来なら俺に構っている暇などないはずの今が一番大事な時期の子供だ。
だがそれを言ったらまた七海の機嫌を損ねてしまいそうで、何も言えなくなってしまう。
どうしたらいいんだ。
何を言ったら機嫌を取れる。
こんな風に怒らせたくて電話を掛けたわけじゃなかったのに。
『…カミヤンとはもう別れたんですよね』
「あ、ああ。ちゃんとマンションの前で別れた。家にも入れてないし…」
『――は?家まで送らせたんですか!?』
「い…いや、だから…っ。それは…俺が酔って…俺がいけなくて…」
『カミヤンの前で酔ってたんですか…』
七海の呆れたような声が聞こえてくる。
もうダメだ。
何を言っても七海の機嫌を取れない。
胸が苦しくなって、鼻の奥がツンとしてくる。
目頭まで熱くなってきて、慌てて俺は口を開いた。
「も、もういい。もう寝る。電話して悪かった」
『いや、ちょっと待ってくださいよ。まだ話が――』
「こ、これ以上お前に言えることは何もないっ」
そう言って慌てて電話を切った。
これ以上話をしたら、きっともっと怒らせてしまう。
自分が話せば話すほど、なぜか七海の機嫌が悪くなる。
やはり長いこと人付き合いから避けてきた弊害が、ここにきて出てしまったんだろうか。
せっかく機嫌が良さそうだったのに、俺はまた七海に余計な事をしてしまった。
受験生に負担を与えるような事をしてしまった。
七海からはすぐに着信があったが、もう俺のためにアイツの貴重な時間を使わせたくなくて、そのまま電源を切った。
ドクドクと鳴り止まない心音を聞きながら、余計なことをしてしまった自分に酷く後悔していた。
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