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テスト返しが終わればいつものように授業後に追いかけて来るかと思ったが、七海は姿を見せなかった。
携帯を見ても何一つ送られてきていない。
テストが終わったからといってセンター試験までは一ヶ月を切っている。
無駄な時間を使うなと言ったのだから当然だが、それでも何かすれ違っているような気がしてならない。
今までテスト結果をアイツは必ず俺に報告しに来ていたし、それこそいい結果が出たらご褒美くれだなんだと言って人に飛びついてきていた。
何かしてしまったのかと思いもしたが、何もしていない。
当然だ。
電話もメールも会うことも、話すことさえ最近はしていなかったのだから。
自分という無駄な時間を七海に使わせないことが、七海のためにしてやれる一番のことだと思っていたのだから。
それでも結果七海の成績が上がっていることを思えば、それが悪いことだったとはやはり思えない。
何かすれ違っていたとしても、ともかく受験が終わってから話し合えばいい。
だが全て受験が終わるまではあと二ヶ月。
本当に、本当にそれでいいんだろうか。
「…おや」
職員室へ戻ったら神谷が俺の顔を見て動きを止める。
何か言いたそうな顔をしたが、そのまま俺の横を通り過ぎていった。
なんだと思いながら自席へ座ると、しばらくして神谷がコーヒーを淹れてきてくれた。
「紺野先生、俺はいつでもあなたのお力になりますよ」
穏やかな笑みを湛えてそう言うと、神谷は自分の席へと戻っていった。
おそらくアイツの事だから何か気付いたのだろうが、俺はもう神谷には必要なら自分から相談すると言った。
きっと俺の気持ちを汲んでの言葉なんだろう。
だが七海のことをわざわざ神谷に相談しにいくのは、さすがに無神経というものだ。
神谷の淹れてくれたコーヒーはいつも通り俺好みの甘さで、全く苦味のないそれにホッとする。
ふと机の脇を見ると神谷に言おうと思っていた仕事がきっちりと俺の思うままに終わっていて、パラリとそれを確認しながら抜けのない仕事に感心する。
もし相手が七海でなく神谷であれば、きっと俺の意図も気遣いも全て察してくれているんだろう。
これが大人と子供の違いなんだろうか。
それともそういう問題でもないのか。
いくら考えても一体何が間違っていたのか、何をするべきだったのか、俺には全く検討もつかなかった。
ぴょこぴょこと黄色い髪が跳ねる。
渡り廊下を歩いていたが、突如目の前に現れた俺には一生理解のできない生物にイラッとする。
「お年玉とー、クリスマスプレゼント!はい、どーっちだ」
「うるさい。俺の前に立つな。邪魔だ」
「正解はー…はいっ!どっちもくーださいっ」
そう言って結城はニッコリ笑って俺に両手を差し出す。
大きめのセーターから除く手は小さく、男のくせに女が髪につけるような飾りを腕に嵌めている。
没収してやろうとも思ったがどうせ返すのは終業式で数日後だ。
「分かった。数学のプリントでいいか」
「あれっ、眼鏡センセーちょっとノリ良くなったじゃないですかっ。うっかり貰いそうになっちゃいましたよ。嘘ですけどっ」
そう言ってペロッと舌を出してウインクされた。
ビキビキと青筋が立つのを感じる。
「まーまー、そんなピリピリしないで下さいよ。これ見てくださいっ。ほら」
そう言って結城は国語のテスト結果を見せる。
中間テストの結果は数学以外全て赤点レベルの馬鹿だったはずだが、驚いたことに国語が平均点を取っている。
「勉強したのか」
「じ…実は今回の期末はカミヤンにちょっと教えて貰ったんですよね」
神谷のことを口に出すと急にモジモジと結城はしおらしくなる。
どこか肩透かしを食らうような気持ちになりながら、やれやれと結城を見下ろす。
「その調子で他の教科も頑張れ。教えれば出来るならお前の頭は悪くない」
「えーっ、今日どうしたんですか?いつもより優しくないですか?七海先輩の影響?」
「…用がないならもう行け。俺は忙しい」
「ありますありますっ」
ぴょこぴょこ跳ねながら手をあげる結城にジトッと目を細める。
どうせこいつのことだからまた俺に何か神谷のことで頼みに来たんだろう。
結城は顔の前で両手を交差させると、上目遣いに俺を見上げる。
青い宝石のような瞳がくるりと俺を見つめた。
「冬休み中なんですけど、三年のセンセーは忙しいですか?」
「忙しい。また神谷を誘えとか言うつもりなら無理だ」
「違いますっ。カミヤンお疲れなら何かしてあげられないかなーって相談にきたんですよ。この時期教師なら何してもらったら嬉しいのかなって」
なんだそれは。
俺だって七海に何をしてあげたらいいのか分からなくて悩んでいるのに、神谷のことなんて分かるはずがない。
「神谷に聞け。アイツの嬉しいことなんて分からない」
「もー、眼鏡センセー分かってます?俺生徒なの。カミヤンにそんなこと言って素直に答えてもらえると思います?」
「それは…そうだな」
「でしょ?ちなみに眼鏡センセーは受験シーズン真っ只中の七海先輩のために何してあげてるんですか?」
「俺は…」
そう言われて言い淀む。
何もしていない。
むしろ自分に関わらないようにさせている。
それが一番だと思うからだ。
だがそれのせいで何かすれ違っているような気がしている。
「ひょっとしてこんな時期にまたツンデレ頑固親父発揮してます?よく七海先輩も我慢してるなぁ」
「な、なんだその日本語は。俺もお前と同じなだけだ。何をしたらいいのかなんて分からない」
吐き捨てるようにそう言ったが、結城はさも当たり前のように「はぁ?」と言ってのける。
「何甘えたこと言ってるんですか。両思いなんだから直接聞けばいいじゃないですか」
「…あ、アイツはすぐ勉強から脱線するんだ。この時期それが良いことと俺は思えない」
「ふーん…」
結城は鼻を鳴らすと少し考えるように視線を持ち上げる。
というかなぜ俺は結城にこんな事を話しているんだ。
そう思ったところで不意に結城に腕を引かれた。
グイと促されるまま廊下に背を向けてしゃがみ込むと、コソッと耳打ちされる。
「なら眼鏡センセ、俺良いこと考えちゃいました」
「…はぁ?」
「これなら眼鏡センセーの悩みも解決して、俺の悩みも解決出来る。ギブ・アンド・テイク。俺と眼鏡センセーはいつでもそういう関係じゃないですか」
ね?とどこか悪戯な笑顔を向けられて、ん?と視線を持ち上げる。
俺達はそんな関係だったのか。
初耳だが結城の提案は気になる。
「い、一体なんだそれは」
コソコソと二人でしゃがみこんだ廊下の端、結城の話を真剣に聞く。
「俺が七海先輩にホントのところ何してほしいか聞いてくるんで、眼鏡センセーはカミヤンに何してほしいのか聞いてきて下さい」
「そ、それは…」
名案だ。
悪くないと、ふんふんと結城の話を聞く。
「お互いに相手の気持ち知りたいけど直接は聞きづらいわけじゃないですか。あっ、でもバレないようにそれとなくですよ。眼鏡センセーバカ正直なんで気をつけて下さいね」
「そ、それが問題だな」
「最終的にそれを自分が実行するわけですから。バレたら本当に意味ないですからね」
「…実行するのか?」
「はぁ?当たり前じゃないですか。なんのために聞くんですか」
それは、その通りだ。
だが七海の考える本当にしてほしいことが一体なんなのか、若干不安な気がしてならない。
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