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「お待たせしましたっ!」
「お、遅いっ」
終業式も終わり生徒も少なくなった放課後。
結城がひょこっと職員室に訪れた。
「試合近いんで部活だったんですって。まー俺出ないんですけどー。そんなに俺の事待ち侘びてたんですか?」
「そ、そういうわけじゃないが…」
正直かなり待ち侘びていたし、むしろ忘れているのではと心配していたくらいだ。
さすがに職員室前ではと、渡り廊下まで二人で歩いてくる。
陽が落ちるのが早いこの時期、窓の外はもう真っ暗だ。
辺りに誰もいないのを確認して、俺は口を開いた。
「神谷はお菓子が欲しいと言っていた。確かに疲れているときは甘いものが食べたくなるものだ」
「ふーん…甘い物か。カミヤンにしては無難すぎる答えだけど…」
そう言って結城はジトッと俺を見つめる。
なんだその目は。
「ひょっとしてバカ正直に真正面から何が欲しいとか聞いたわけじゃないですよね」
「き…聞いたが」
「もーっ、それ絶対ただ気を遣われただけじゃないですかっ」
「そんなことはない。俺が持ってくるとは一言も言っていない」
「はいはい、もーいいですよ。どうせ9割型そうなるだろうと思ってたんで。こうなったらめちゃくちゃ頑張って手作りのお菓子作ってきますっ」
「それはいい考えだな」
確かに手作りは愛情が伝わりそうだ。
素直に俺も見習おうかと考える。
そうだ、七海は俺の弁当で大喜びするヤツだし、それで機嫌取るのが一番良かったのかもしれない。
が、実行しようにも明日から冬休みだしおまけに合宿でアイツはいない。
どうしてもっと早く気付かなかったんだ。
「…で、七海先輩の方なんですけどぉ」
そう言って結城はどこかモジモジと俺を上目遣いに見上げる。
そうだった。俺にはまだそれがある。
結城が聞いてきてくれたことさえ実行すれば、絶対に喜んでくれるはずだ。
アイツのことだから目を瞑りたくなるような内容の可能性もあるが、この際なんでもしてやる覚悟で結城の言葉を待つ。
「えーっとスイマセン、いまいち教えてもらえませんでしたっ」
「――は?」
結城はそう言って茶目っ気たっぷりといった様子でテヘと舌を出す。
非常に殴りたい。
「おい待て、ギブ・アンド・テイクはどうした。俺達の関係を忘れたのかっ」
「いやそーなんですけどぉ。だって七海先輩ですよ?何してほしいか聞いたら絶対『まず服を脱いでー』とか言うと思ったのにあっさり『特にない』って言われましたっ」
「特にない…って」
サーッと青褪めていく。
俺にしてほしい事なんて何もないということか。
いや、俺のことなんてもうなんとも思っていないということなんじゃないだろうか。
最近アイツと関わり合いを断っていたせいで、本気で飽きられてしまったのか。
「俺だってこのままじゃ絶対眼鏡センセーに絞め殺されるって思ったんで頑張ってみたんですけどー、そんなことより文化祭の猫耳コスプレ可愛かったねって褒められちゃいましたっ。七海先輩もしかしたら俺に気があるのかにゃー?」
「……っ」
「ちょっと。最後のは冗談ですよ。本気で真っ青な顔で絶句しないで下さい」
この野郎。
とは思ったが、結城の腹の立つ言い回しにも苛つかない程度には気持ちが落ち込んでいる。
俺に望むことなんて、七海は何もないのか。
呆然と肩を落としながら床を見下ろす。
それもそうか。
一緒にいてデメリットしかないような相手、飽きられて当然だ。
「…分かった。もういい。気をつけて帰れよ」
もう行けと結城に犬でも払うように手を振る。
だが結城は両手を腰に当てて俺を見据えた。
「まだ話終わってないですって。物理的なものは教えてもらえなかったんですけどー、あえていうなら『信用かなー』みたいなことは言ってましたよ」
「…え?」
「ぼやいてた程度なんで意味あるか分からないですけどね。眼鏡センセー七海先輩のこと信用してないんですか?」
「そんなはずないだろう」
「じゃー単純に七海先輩にノロケられただけかなー」
そう言って結城はチッと舌打ちをする。
今の態度神谷に見せてやろうか。
帰宅する結城の背中を見送りながら立ち尽くす。
結局これという分かりやすい回答は得られなかった。
残ったのは『信用』という言葉だけだが、俺は七海を信用しているつもりだ。
そもそもアイツを信用していなきゃ付き合ったりはしていない。
だが、もしそれが伝わっていなかったら――?
ゾクリ、と背筋が凍りつく。
不意に自分の中にわいた考えに、足が竦んでいく。
もし、もしも七海の考えている信用と俺の思う信用にズレがあったのなら。
それに気付かずアイツを不安にさせていたのなら。
今自分が思っているような不安を、アイツも同じように抱えているのなら。
山積みの仕事を終えて、帰路を歩きながら急いで携帯を取り出す。
正直七海に掛ける電話にあまりいい記憶はなくて、やはり掛ける勇気はなかなか出ない。
それに掛けた所で何を言っていいのかもまだまとまってはいない。
だが俺の行動でアイツを不安にさせているかもしれないと思ったら、居ても立ってもいられなかった。
なんとか呼び出しボタンを押し込み、携帯を耳に当てる。
吹きすさぶ夜風は冷たく、マフラーを押し上げながらコール音を聞く。
正直緊張で頭が真っ白になりそうだ。
数回のコール音のあと、その音が消える。
「な、七海」
まだ向こうが口を開いてないうちに、開口一番に名前を呼ぶ。
酷く焦っていた。
『…珍しーっすね。どうしました』
すぐ耳元で聞こえる七海の声。
ぶわっと体温が上がるが、反面どこか元気のない七海の声に気付いてしまう。
何が原因かはまだ分からないが、きっと俺が悪いんだろう。
「す。すまない。勉強の邪魔をして」
『いえ、全然邪魔じゃないです』
「…いや、俺が電話を掛けることは無駄なんだ。分かってるが、少し話をしたくて」
『みーちゃん、だから無駄なんかじゃ…』
「わ、悪かった」
『――え?』
もうすでに何か噛み合っていない気がするが、混乱しながら口を開く。
「じ、自分でも何かおかしいと思ってるんだ。もうずっとそれを考えてるが分からなくて…で、でもきっと俺が悪いんだ。俺が悪くて…っ」
必死に言葉を紡ぐが、途中から自分でも自分が何を言っているのか分からなかった。
どう考えてももう少し考えをまとめてから電話をかけるべきだ。
だが勢いのまま掛けてしまわないと、とてもじゃないが電話など出来なかった。
要領を得ない俺の言葉を七海は黙って聞いていたが、やがて電話越しに小さく息を吐き出す声が聞こえた。
バクリと嫌な心音が鳴る。
『…みーちゃん、無理してないですか』
「――え?」
『またストレス溜めて倒れられても困るんで、もう変に俺の事考えなくていいですよ』
「そ…それは」
固まってしまう。
どういう意味だ。
『みーちゃんは俺の受験が終わってからじゃないと安心出来ないんですよね。だからもうそれでいいです』
「…た、確かに安心だが」
『変にこじれるのが一番嫌なんで。俺ががっつきすぎたって事でいーです』
「な…七海」
『俺ね、みーちゃんのこと本当に大好きなんです。世界で一番愛してます。それだけは分かって下さい』
優しく耳を揺らすその声に呆然とする。
何も言えず、自然と涙が溢れていた。
酷く胸が痛かった。
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