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そうやって俺は毎日七海に自分が面白いと思ったこと、気付いたことを見つけて送ることにした。
さすがにアイツの勉強の邪魔になってはいけないから、そう多くは送れないが。
誰かを楽しませようとして考える文面はすごく難しくて、だけど七海から返事が返ってくると思うとドキドキした。
また何か不機嫌な返事が来たらという恐怖はもちろんあったが、七海は一言もそんな返事は寄越さなかった。
次は何を送ろう。
何を送ったら喜ぶだろう。
そう思ったら驚くほど周りを見るようにもなって、今まで俺は本当に自分のことしか見えていなかったんだと気付いた。
部活動中のバスケ部の風景、今日の弁当、茶を飲みながら嗜んだ囲碁部の老年教師との対局、結城の少しずつ上達していく毎日のクッキー、野球部のホームランを食らった教頭の盆栽、生徒は絶対に目にすることのない職員室でうたた寝する神谷の姿。
様々な気付いたものを送った。
「どーですかこれっ。超絶自信作ですっ」
「ほう。見た目は大分よくなったじゃないか」
「でしょでしょ。愛の力ですっ」
結城の調子のいい声が数学準備室に響く。
化石クッキーから数日、大分それらしい見た目となった結城のクッキーに心の底から安堵する。
毎日不味いものを食わされる俺の身にもなれ。
「お前俺ではなく友人に食わせればいいだろう。なぜ毎日俺のところに持ってくる」
「だって眼鏡センセーまずかったら絶対まずいって言いますもん。俺の友達みんな優しいイイコちゃんなんで」
「それは俺のことを遠回しに貶しているのでは…」
「まあまあ細かいことは置いといて、はいどーぞっ」
そう言って無理矢理口の中に入れられた。
大人しく口を動かすが、驚いたことにちゃんと美味しく出来ていた。
どうやら数日の努力がついに実ったらしい。
「悪くない」
「わっ、マジですかっ。やった」
「これなら神谷も喜ぶだろう」
「よし、さっそく渡してきますっ」
「待て」
そう言って結城の成功品を写真に収める。
神谷が喜ぶかどうかは置いておいて、結城の努力が実った結果だ。
努力が実を結ぶと言うのは受験生にとっても励みになりそうだ。
「眼鏡センセーってそーいうの無頓着かと思ったけど結構マメですよね」
「いや、全くそんなことはない」
「えーっ、こまめに七海先輩に写真送ってるじゃないですか。しばらく会えないからですよね」
「…まあ」
そう言って言葉を濁す。
やはり受験生に送るのは迷惑と言われるだろうか。
勉強の邪魔になるから控えたほうがいいか。
「きっと七海先輩めっちゃ喜んでると思いますよっ。疲れてる時に好きな人から何かきたら絶対癒やしになりますもん」
ニコッと花開くような笑顔で結城に言われた。
ぶわっと気持ちが高揚していくのを感じる。
「そ、そう思うか」
「はい。絶対今頃尻尾振ってムラムラしてます」
「そうか…。そうだといいな。アイツが喜んでくれてるなら俺も嬉しい」
結城の言葉にくすぐったい気持ちになる。
堪らずふふ、と表情を緩めて笑うと「喜ぶ時もバカ正直なんですね」と驚いた顔で言われた。
やはりコイツは一度殴りたい。
そして今日もまた日が暮れていく。
冬休みから数日経ったが、七海はまだ合宿から帰っては来ない。
仕事を終えて携帯を見ると、七海から昼間送ったメッセージの返事がきていた。
結城のクッキーに関しての返事で『俺もみーちゃんのクッキー食べたいです』と来ていた。
お菓子作りはあまりしたことないが、レシピ通りにやればきっと作れるだろう。
それに甘いものは脳の活性化を促すし、これは七海にとってもメリットになるはずだ。
嬉しくなってすぐに『たくさん作っておく』と返信した。
携帯をポケットにしまい意気揚々と校舎を出ようとしたが、すぐにまた携帯が振動する。
慌てて取り出して液晶を確認する。
そこには『今すぐ食べたいです』の文字。
合宿はまだ続いているはずだが、アイツは何を言っているんだ。
ひょっとしてもう帰ってきたんだろうか。
ドキドキと気持ちが高揚するのを感じながら『帰ってきたのか?』と送る。
すぐに『いえ、まだ帰れません』と返事が来た。
じゃあ今すぐ作っても食べることは出来ないだろう。
裏口で靴を履き替えながら首を捻る。
再び携帯が振動した。
『みーちゃんに会いたいです』
目に入り込んできたメッセージにバクリと大きく心臓が跳ねる。
そういう意味だったのか。
カーッと顔に熱を昇らせながら携帯を握りしめる。
なんて返したらいいんだろう。
会いたいと言ったって合宿終わるまでは帰れないし、何をコイツは無理なことを言っている。
すぐに『真面目に勉強しろ』と打ちこんだが、ふと送る手を止めた。
七海はちゃんと勉強すると何度も言っていた。
俺に言われなくても、それはもう分かっているはずだ。
少し考えてから、俺は打っていた文字を全て消した。
そして言葉の代わりに一枚の画像を送った。
少しして再びスマホが振動する。
『会えました』
七海から笑っている顔文字が送られてきた。
思わずホッと表情を緩ませてしまう。
良かった。どうやら今度は間違えなかったらしい。
俺が送ったのは、大雪の日に七海が作った俺と七海の二人を模した雪だるまの写真だった。
七海が眼鏡を返しに行っている間に、俺がこっそりと写真を撮ったものだ。
画像の中の雪だるまは二人仲良さそうに並んでいて、少しは気が紛れるかと思って送ってみたわけだ。
アイツの気持ちが落ち着いてよかった。
ようやく裏口から外へ出ると、ふわりと冷たい風が髪を揺らす。
いっぱいに広がるオレンジ色を視界に入れたら、不意に胸が苦しくなった。
アイツの言葉に必死に堪えていた感情が呼び起こされてしまう。
――会いたい。
携帯を握りしめながら、俺も七海と同じことを思っていた。
七海に会いたい。
会って、声を聞きたい。
俺より少し高い体温に触れたい。
俺は七海にただ一言『待ってる』と送り返した。
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