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センター試験が終了すると、各々生徒が二次試験のために動いていく。
この時期はもう引っ切り無しに進路相談に来る生徒で、忙しなく対応に追われる。
さすがの俺も無遠慮に七海に結果を聞くことはしない。
一度顔を合わせた時はいつもの笑顔で触れてこようとしたが、他の生徒に阻まれてゆっくり話を聞くことは出来なかった。
進路指導については七海は相変わらず神谷に相談しに行っているようで、俺のところへは一切こない。
「あ、あのぉ、紺野先生に差し入れ持ってきたんですけどぉ」
まだ受験の心配などする必要もない他学年は呑気なものだ。
数人の女子に綺麗にラッピングされた物を差し出されたが、受け取らずに目を細める。
「すまないが、生徒からこういった物をもらうわけにはいかない」
「…あっ、す、すいませんでした」
断っているのにその顔が何故か赤くなる。
連日勉強を教えてはいるが、それは教師として当然のことをしているだけで差し入れまで気遣われるわけにはいかない。
廊下の一角でやれやれと思っていると、不意に後ろから飛びつかれた。
「眼鏡センセーは俺からのクッキーしか貰わないですもんねっ」
「ゆ、結城っ」
腰に抱きつかれるような衝撃を受けて、慌てて振り返る。
あれは神谷に渡す試作品を俺に無理矢理食べさせていただけだろう。
「はーいっ、俺と眼鏡センセーの仲を邪魔するのは終わりでーす」
帰った帰った、と言いながら差し入れを持ってきた女子を結城は追い返していく。
助かったがどういうつもりだ。
また何か俺に余計な物を食わせるつもりじゃないだろうな。
誰もいなくなったことを確認すると、結城が俺の顔を見上げた。
くるっとした大きな青い瞳は本当に宝石のようだ。
「眼鏡センセー進路指導辞めました?」
突然言われた言葉に驚く。
言葉を詰まらせると結城は納得したようにやっぱり、と頷いた。
「なんかおかしーなって思ったんですよね。この間の始業式でもいつもみたいに長話してなかったし、毎朝校門前で目光らせてもないし鬼が悟り開いたように丸くなってるんですもん。みーんな脱眼鏡に気を取られて気付いてないですけど」
「…確かに辞めたが、だからといって校則違反を許しているわけではない。代わりの教師が生徒指導を担当しているし決して規則が緩くなったわけでは…」
「そーいうこと言ってるんじゃないですよ。何かあったのかなって」
「…は?」
首を傾けると、結城にじとっと目を細められた。
「ちょい前に入院した人が区切りよく環境変えてきたら、フツー体調悪いのかなって思うじゃないですか」
「あ…ああいや、そういうわけではない」
何かと思えば心配しにきてくれたのか。
予想外の言葉に驚く。
そういえば結城は俺の見舞いにも来てくれていたし、確かにそう取られてもおかしくはない。
思わぬ結城の優しさに心がじわりと暖まる。
何か企んでいるなどと疑ってしまって悪かったかもしれない。
「そーいうわけじゃないなら良かったです。病弱で王道眼鏡なイケメンとかそれこそカミヤンが目離せなくなっちゃいますから。ね、それよりこの間のクッキー褒めて貰えたから今度はマフィンに挑戦したんですけどー」
「絶対に食わない」
「絶対に食べて下さい」
やはりそうきたか。
前言撤回、結城といつものように押し問答をする。
そういえばコイツともあと少しでお別れだ。
非常に腹の立つ奴だが、なんだかんだ言いつつ俺には印象深い生徒だった。
生徒指導部の話だけではなく、七海や神谷のことに関してもコイツは若いくせによく周りが見えている。
小賢しいところはあるがなるほどと思わせられることも多く、生徒と勉強以外で触れ合ったのは七海を置いてはコイツくらいだ。
「あれ、眼鏡センセー?」
不意に押し黙った俺に結城が拍子抜けしたように目を瞬かせる。
その手に真っ黒な火山岩のような物体を持っている気がするが、まさかそれがマフィンじゃないだろうな。
「実は高校教師を辞職することにした」
「――は!?ちょっと、いきなり何のカミングアウトですかっ。どんな流れでぶっちゃけてるんですかっ」
「何か間が悪かったか」
「…ああいえ、眼鏡センセーなんでもうそこはいいですけど…っ」
そう言って結城は言葉を詰まらせる。
生徒には誰一人言うつもりはなかったが、コイツには言っておこうと思った。
何も言わず別れるのはなんとなく気持ちが悪い気がした。
結城は唖然としたような顔をしたが、すぐに思い至ったようにニンマリと口端を上げる。
「寿退社ですか?七海先輩と付き合ったからですよね。おめでとうございますっ」
「寿退社とは結婚を期に女性が仕事を辞めることであり俺は別に主婦になるわけでは…」
「はいはい、面倒な解説はいいですからっ。んー…そっかぁ。言われてみれば眼鏡センセークソ真面目だからさすがに高校生男子と付き合ったら辞職するかぁ」
「…そんなことで俺の罪が消えるとは思っていないがな」
社会から見たら許されないことをしているのは分かっている。
生徒と教師という関係はなくなるにしても、七海は未成年で、しかも男同士だ。
七海が元々ゲイだと言うからそこの問題は見て見ぬふりをしているが、冷静に考えたら罪の重さは計り知れない。
たとえこの先七海と別れることになろうが、こういうことをしたという罪悪感から逃れることはきっと一生出来ないだろう。
自分の罪の重さを改めて感じて、耐えきれず視線を伏せる。
「そんな顔しないで下さい。眼鏡センセーは俺の希望ですから」
「…え?」
結城の言葉に顔をあげると、その表情が綺麗に微笑む。
「あんなに七海先輩に無理無理言ってた眼鏡センセーが辞職するほどメロリン眼鏡になったのみれば、俺も頑張ればカミヤンが好きになってくれるかもって思えるんです」
「…恋敵じゃなかったのか」
「もちろん恋敵もありますけどねっ。でも俺眼鏡センセー嫌いじゃないですし」
そう言われてこっちが面食らう。
結城はあっさりとそう言ってのけると、ポケットから携帯を取り出した。
「じゃー連絡先交換ねっ。今度はこっちで作戦会議しましょー」
「またくだらない企みでもするのか」
「全然くだらなくなんかないでーすっ」
そう言いながら結城と連絡先を交換する。
やり方を結城に聞きながら、七海としか使っていないアプリに二人目の連絡先が増えていく。
と、思ったらなぜか神谷も登録されていた。
いつのまに登録したんだ。
結城は登録されたのを確認すると、携帯を目にしてから俺に顔を上げた。
「それじゃー感想待ってますね、壬早センセー」
どうやら連絡先を交換したことで名前を知られたらしい。
いつの間にか火山岩を押し付けられていたことを知ったのはアイツがいなくなってからだった。
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