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2月になり二次試験が近づいていく。
いよいよ受験も大詰めだ。
さすがの七海も俺を構っている余裕など今はなく、しっかりと残り僅かな時間を勉強している。
ここまで来たらもう俺も黙って待っていると決めて、どんな結果であれアイツを快く迎えてやりたいと思っている。
その日の放課後、職員室前で勉強を教えて欲しいという他学年の生徒の相手をしていると、ふらりと七海が俺の元を訪れた。
何も言わず俺が話し終えるのを離れた場所で待っていたが、当然ながら他学年の生徒の相手など今は後回しだ。
この大事な時期に受験生を優先しないはずがない。
すぐに七海の元へ駆け寄ると、どこか疲れたような表情で七海がクスリと力無く笑った。
そんな顔を見せるのは初めてだ。
俺には何も言わなかったが、ひょっとしてセンター試験の結果があまり良くなかったんだろうか。
声を掛けようとしたが七海がちらりと後ろを気にしたため、ハッとして自分からその手を取る。
まだ俺に用のある生徒が数人待っているようだったが、構わず俺は七海の手を引いた。
放課後とはいえまだ生徒は多く残っている時間帯で、どこもかしこも人がいる。
その上七海は目立つから、どこへ行っても注目を浴びる。
それでも気にせず七海の手を引いて廊下を歩くと、俺は持ち出していた鍵でとある実習室の扉を開けた。
そこはこじんまりとした小さな部屋だが、資料が揃っていて自習をするには適した部屋だ。
実習室に入ると、すぐにガバリと七海に抱きつかれた。
すっぽりと覆いかぶさってくる大きい身体を抱きとめて、その背に手を回す。
いつものように下心のある抱きしめ方とは違い、どこか元気のない姿に心配になってしまう。
この時期はどうしても受験生は心身を削られる。
もうこっちまでバクバクと心臓が押し潰されそうな不安を感じながら、大丈夫、大丈夫と七海の背を擦ってやる。
「…みーちゃん、明日の試験が終わったらすぐに会いに行っていいですか」
そっと耳元に落ちてきた声に何度も頷く。
明日が終われば一先ず合格発表まで落ち着く生徒は多い。
七海もそうなんだろう。
「待っている。学校でお前のことをずっと待っている」
頑張れ、とはもう言わない。
コイツはたくさん頑張ってきたんだ。
あと俺に出来ることは、帰ってきた時に少しでも疲れを癒やしてやることくらいだ。
本来なら家でご馳走を作って待っていてやりたいが、生徒も頑張っているのに教師の俺が仕事をサボるわけにはいかない。
七海の匂いをいっぱいに感じながら、抱きしめる力をそっと強める。
応えるように七海も俺を力強く抱きしめた。
「…みーちゃん。俺ね、みーちゃんに会えてなかったらこんなに受験勉強頑張ってなかったです」
「え?」
「そもそも特進科に入ったのは授業料免除制度があったからなんです。親父の金なんか使いたくないって、ガキのくせにそんなこと無理に決まってるんですけど、あの頃はいきがってて…」
そう言って七海は自嘲気味にふ、と笑う。
七海の家庭環境がよくないことは知っている。
コイツが普通なら当たり前に貰えるはずの両親からの愛情を、何一つ受けてこなかった事も知っている。
「特進科も入ったはいいですけど、結局バスケくらいしか興味は持てなくて高校終わったら就職しようかなくらい思ってました」
特進科に入って就職などあまり聞いたことはないが、七海にとっては特進科に入るよりも父親との関係のほうが大事だったということだろう。
これは勝手な俺の推測だが、ひょっとして七海は特進科に入ることで多少なりとも親の気を引きたかったんじゃないだろうか。
いつだったか俺が中間テストの成績を褒めてやったら、褒められたのは初めてだと溢していたのを思い出した。
「…でもみーちゃんに会って、夢を見つけたんです。すげーなりたいって思えるものをみつけました」
七海の言葉に何度も頷く。
こんな風に自分のことを語る七海を見るのは初めてで、ちゃんと聞いてやりたいと思った。
弱っている時に、自分が甘えられる場所でありたい。
「みーちゃんにはしてもらうばっかりで、俺は気持ちよくさせてあげることくらいしか出来なかったんですけど」
そこは非常に恥ずかしいことを言われている気がしてならないが、七海にとって身体の関係は大事な事らしいから余計なことは言わないでおく。
そもそも高校生が身体でしか返せない、なんて言い方をすること自体がおかしくて、七海の人生が普通のそれとはいかに外れていたかが分かる。
「…でもいつかきっと返します。今は自分がただの子供だってことは悔しいけどちゃんと自覚してます。勉強教えてもらったことも弁当作ってくれたことも、全部、全部してもらった恩は忘れません。きっと返しますから…」
七海はそう言って言葉を区切る。
珍しく何か言いづらそうだったが、そっと俺の耳に唇を寄せた。
「…だから、全部終わったら少しだけでいいんで褒めてくれますか?」
それは七海とは思えないほど消極的な言葉だった。
甘え上手だと思っていたのに、本当にしてほしいことはなんて不器用なんだろう。
きっとそれは紛れもなく七海の本音で、俺はどうしようもなく表情が緩んでしまう。
七海の漏らした酷く甘えん坊な感情に、たまらない愛しさが込み上げてくる。
「…当たり前だ。どんな結果だってたくさん褒めてやる。俺はちゃんとお前を…お前だけを見ているから、安心して行って来い」
そう言ったら七海は俺を抱きしめたまま、力強く「はい」と返事をした。
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