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残り僅かとなった高校生活、自由登校も含めて受験が終わった七海はもう学校へ来る必要はない。
それでも学校側は当然ながら七海に合わせているわけではないし、毎日講習やらプリント、指導要録の作成などとまだまだやることはある。
おまけに俺は辞職も近づいているということで、来年度の引き継ぎにも追われている。
寝室の鏡の前でネクタイを結んでいると、不満そうな顔で七海がベッドから俺を見つめているのに気付いた。
「まだゆっくり寝ていろ。朝食はリビングに置いておいたから、パンでもご飯でも好きな方を自分で…」
「教師ってほーんと毎日仕事ですよね」
言葉を遮るように不満げな言葉が飛んできた。
今更何を言っている。
「…嫌になったか?正直生徒が考えているより暇ではないし、運動部の顧問などしたらそれこそ休みはほとんどない」
今目標に向かって頑張っている子供にこんな夢のないことを言っていいのかとも思うが、現実は現実だ。
教師になってからこんなつもりではなかった、と悟るより余程いい。
「仕事で一緒にいる時間少なくなっても、身体が寂しくならないように俺頑張りますね」
「…身体より心の方を頑張ってくれ」
「あっ、そうでした」
テヘ、と七海が舌を出す姿をじとりと鏡越しに見つめる。
俺も七海のふざけた言葉に大分対応出来るようになったなとつくづく思う。
所謂マジレスと七海がいつも指摘していた返答ではなく、少しは若者向けの対応が出来るようになってきたんだろうか。
そういえば最近生徒にもよく囲まれているし、神谷が付き合うと似てくるなどと抜かしていたが多少なりとも七海の影響を受けているんだろう。
それより俺は兼ねてから考えていた物を七海に渡すことにした。
一先ずではあるが受験は終わったし、七海にも二人きりになれる場所がないとゴネられていた。
ネクタイを締め終えて七海の寝そべるベッドへ腰を掛ける。
隣へ座るとすぐに甘えるように両手が腰に伸びてきた。
「みーちゃん、好きです。今日も超絶可愛いです。エッチしたい」
「さ、散々しただろう。…ほら、お前に渡しておく」
そう言って俺は自分の家の合鍵を七海の額に押し付ける。
七海がキョトンと瞬きをしてから、ガバっと身体を起こした。
「――えっ、いいんですか」
「お前の受験が終わったら渡そうと思っていた。今更特別なことじゃないだろう。夏休みも俺の家に入り浸っていたし…」
「特別なことですよっ。うわ、めちゃくちゃ嬉しいですっ」
七海はそう言ってはしゃぐように俺を抱きしめる。
せっかく締めたネクタイがあっという間に乱されていくが、素直すぎる態度に笑ってしまった。
そこから合格発表日まで約一週間程あったが、七海は殆どを俺の家で過ごしていた。
家に帰ると待っている奴がいるというのは一人暮らしが長い俺にとっても新鮮で、帰宅すると必ず玄関で出迎えてガバッと抱きしめてくる七海が可愛くて仕方ない。
「おい、この手はなんだ」
「あっ、いてててっ」
それでもやはりそこは七海で、抜け目なく人の尻を触ってくる手を抓ってやる。
夕飯を一緒に食べて、溺れるように身体を重ねて、お互いの存在を何度も確かめあった。
さすがの七海も合格発表が近づくに連れて不安なようで、顔には出さないが時たま酷く甘えてくる。
身体を重ねるわけではなくただ俺を抱きしめてくるだけだが、確か前にも俺が引退試合を見に行った事に気付かず落ち込んだり、父親のことがあった時もこうやって甘えてきた。
落ち込む時は嘆いたり人に八つ当たりする代わりに、どうやらコイツは甘えてくるらしい。
一緒にいると新たな一面が知れて、堪らなく愛しかった。
そして七海の合格発表の日がやってくる。
その日は登校日でもあり、普通科の生徒も特進科の生徒も久しぶりの顔が学校へと集まる。
七海だけに限らず今日が合格発表の生徒も多く全員は集まらないが、もう結果が分かった生徒やこれから合格発表待ちの生徒など、それぞれに思いを馳せた様々な表情で溢れている。
どうか合格していますようにと、ハラハラした気持ちで全く仕事にならない仕事をする。
合格発表を終えた生徒がチラホラと職員室へ報告に来ているのを目にしながら、心臓をバクバクさせながら七海の帰りを待つ。
朝から行ったから恐らく昼過ぎには帰って来るだろうと思ったが、なかなか姿を見せない。
そういえば受験が終わった後も帰ってくるのが遅かったことを思い出す。
俺にはすぐに帰ってきたと言っていたが、今回も帰りが遅いことを考えるとひょっとしたらと最悪な結果を考えてしまう。
登校日は授業もなく卒業式の練習と家庭研修中の心構えや受験指導などであっという間に終わり、帰宅していく生徒を職員室の窓から見送る。
正直もう座って仕事などしていられない。
いつ校門から七海が入ってくるか気にしてウロウロしていると、帰宅する生徒に混じって七海がようやく姿を見せた。
バクリと心臓が大きく跳ねる。
思わず外に飛び出してしまう。
階段を駆け下りて昇降口まで行くと、帰宅する生徒達が不思議そうに俺を見ている。
だがそんなことを気にしている心の余裕などなかった。
正面から歩いてくる姿を目に止めて、息を切らしながら待つ。
真っ直ぐにこちらへ向けて歩いてくる七海が、昇降口に立っている俺にふと気づく。
視線が合い、心臓が止まる。
――パアッと、太陽のような笑顔が向けられた。
「みーちゃんっ。受かりましたっ」
嬉しそうに元気よくそう言うと、七海が俺の元へ走り寄ってくる。
その言葉に一瞬で全身から力が抜けたような感覚が訪れて、俺の方は呆然としてしまう。
良かった。合格していた。
七海の進路が決まった。
完全に惚けている俺を他所に七海は俺に駆け寄ると、そのまま俺の脇に手を差し込む。
あろうことかそのまま俺を上に持ち上げた。
「わっ、な、何を――」
「全部みーちゃんのおかげですっ。ありがとうございましたっ」
子供にするような抱き上げ方をされたが、全力で嬉しそうな笑顔に体温が上がる。
カーッと顔が熱くなるのを感じた。
「わお、ななみん受かったんだ。おめでとーっ。良かったねっ」
「あはは、イケ眼鏡持ち上げられてる」
「もう眼鏡じゃないって。ななみん怒られるぞー」
「お、俺も怒られたい…」
が、生徒が周りにいたのを思い出す。
しかもこんな大勢の生徒の前で何をコイツはしているんだ。
だが七海は俺を下ろすと「ありがとー」と何も気にすること無く周りに手を振っている。
言いたいことはたくさんあるが、まずは一番始めに言わなければいけないことがある。
ニコニコと本当に嬉しそうな笑顔が俺を見つめていて、つられるように自然と表情が緩んでいく。
「――七海、おめでとう」
いっぱいの笑顔でその言葉を贈った。
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