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卒業式が終わり、退場していく生徒を拍手で見送る。
七海があとで数学準備室に来いと言っていたが、今はHRもあるし友人との別れもあるだろう。
来賓の接待をしつつ職員室へ戻ろうとしたら、神谷が俺を探しに来た。
「ああ、いました。最後のHRですよ。紺野先生も副担任なのですから一緒にいらして下さい」
「いや俺は必要ないだろう。感動的なところに俺がいては水を差すことになる」
「そんなことありませんよ」
そう言って手首を取られて引っ張られた。
神谷の気遣いなのかもしれないが、さすがに俺は生徒から嫌われているし最後まで俺の顔など誰も見たくないだろう。
離せと言っているのに、神谷は聞く耳を持たず俺を教室へと連れ込む。
ざわざわと賑やかな教室へ入る。
受験勉強中はあんなに緊迫した教室内だったが、今日という日を迎えて和やかな雰囲気になっている。
黒板には鮮やかに生徒が描いた卒業式の文字や、高校生活に対する思いがたくさん綴られている。
俺と神谷の姿を生徒は目に留めると、パチパチと拍手で迎えてくれた。
「ちょっ、何手繋いでるんですかっ。お触り禁止です」
「はいはい、席に戻れ。最後のHRを始める」
七海だけは不満げにすっ飛んできたが、パコリと神谷に出席簿で叩かれていた。
この二人のやり取りを見るのも今日で最後だ。
当初は神谷にだけは七海との関係を知られたらマズイと焦っていたが、いつの間にか俺の良き理解者になってくれていた。
神谷が教卓へ立ち、必要事項を話してから俺へと促す。
俺から言えることなどいつもと同じで、卒業したからと言っていきなり羽目を外すことなどないようにと卒業後の心構えの話をする。
だがさすがにあまり長くならないよう配慮して神谷へ返した。
そして神谷の最後の授業が始める。
このクラスで過ごした思い出やこれから先の未来について、生徒への感謝の気持ちなど、神谷らしい物腰柔らかな口調でそれらが語られていく。
神谷の言葉に涙する生徒が増えていき、このクラスの一体感が伺える。
さすがの七海も真っ直ぐに神谷を見て話を聞いている。
いつかもし七海が本当に教師になるのなら、また学校という場所に戻ってきて今度は自分が教壇に立つことになるだろう。
その時俺はまだ七海の側にいられるだろうか。
アイツが教師になる姿を見てみたいと、今は純粋に思う。
最後のHRが終わる。
委員長の号令とともに「ありがとうございました」と涙ながらに生徒が礼をする。
話を終えた瞬間、ドッと神谷や俺の元へ生徒が駆け寄ってきて驚かされた。
神谷は分かるがなぜ俺まで。
用意してくれていたらしい色紙や花束を俺の分まで貰って、口々に別れの言葉を言われる。
「紺野先生に怒られたこと忘れませんっ」
「チョーク顔面に投げられた事や教科書のカド頭上に振り下ろされた事、ずっと覚えてますっ」
「怒るならもっと早く眼鏡取ってくれてれば…っ」
ひょっとして根に持たれているんだろうか。
感謝されているのか恨みを持たれているのか紙一重な台詞に困惑するが、七海が俺にニッコリと笑ってくれているからきっと単純に別れを惜しまれているんだろう。
何はともあれ俺も生徒達と同じように卒業するわけで、高校教師の最後にまさか生徒に囲まれるとは思ってもいなかった。
七海の笑顔を見たら肩の荷が降りたような気持ちになり、自然と表情が緩む。
「わっ、デレ眼鏡っ」
「イケメンの笑顔やばいー」
「連絡先教えて下さいっ」
神谷と七海になぜか廊下に押し出された。
校門前は卒業生を待つ在校生で溢れかえっていて、七海がバスケ部の後輩やら別れを惜しむ女生徒達に囲まれている。
涙を流して抱きつく女生徒を七海が頭を撫でて宥めていて、窓から見下ろしながら複雑な心境になる。
今日は卒業式だ。
こんな日に苛ついてはいけない。
とはいえ俺のところにも今年は珍しくたくさんの生徒が来ていて、慣れないこともあり逃げるように仕事をする。
体育館で卒業式の片付けを終えてから頃合いかと数学準備室へ向かったが、まだ七海は来ていなかった。
こじんまりとしたこの一室とももうお別れだ。
俺しか使っていない部屋だったはずが、いつの間にか七海が来て結城が来て、最終的には大勢の生徒が訪れるようになっていた。
窓を開けると柔らかな風がカーテンを揺らし、桜の花びらが舞い込んでくる。
七海と初めて出会ったあの日も、七海が初めてこの場所へ来た日も、まだ桜の花びらが舞っていたことを思い出す。
出会った瞬間から運命だなんだと言い始め、無理だと言っているのに強引にこの場所で俺を抱いた。
人の心を簡単にかき乱しては、何の悪気もない顔で俺の元へ駆け寄ってくる。
自分だけなのかと思えば全員に同じように人懐っこい奴で、アイツをなかなか信じる事が出来なかった。
七海がよく座っていたパイプ椅子の縁をそっと撫でる。
ずっと部屋の隅で埃が被っていたはずのそれは、この一年ほとんど休むこと無く使われていた。
子供らしい純粋な笑顔を向けていたと思えば、急に大人びた表情になり人を翻弄する。
ただの脳天気な奴かと思えば、その影には家庭環境という苦悩を抱えていた。
甘え上手かと思えば酷く不器用な姿も見せられて、ひたすらにこの一年俺はどうしようもないほど七海に夢中になっていた。
――キイ、と数学準備室の扉が開く。
「みーちゃん、お待たせしました」
数学準備室に七海が入り込んでくる。
心臓が高鳴り、体温が急激に上がっていく。
何を言うでもなく二人歩み寄ると、引き逢うようにお互いの身体を手繰り寄せていた。
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