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18歳以上ですか?
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翌日は講義があり、授業の準備をしてから講義室へと向かう。
講堂は段差があり広く見渡せる作りになっていて、寝ている奴ややる気の感じられない舐め腐った態度のガキ共に容赦なくチョークや教科書をぶん投げながら授業を進める。
ふと気付けば七海も出席していたようで、相変わらず授業態度のいい視線が俺を見つめている。
高校の時と違って席は決まっていないから全く気付かなかったが、アイツがいるとなるとどうにも意識し始めてしまう。
が、隣の女子にコソコソ話しかけられているのを目撃してカッと頭に血が上る。
思わずチョークをぶん投げてやった。
「みー…紺野先生っ」
授業を終え研究室に戻るべく廊下を歩いていると、七海が追いかけてきた。
高校の時と変わらぬ笑顔で俺のところへ駆け寄ってくるが、その額に赤い痕がついている。
さっき俺がぶん投げたチョークが額に直撃したせいだ。
「さっきはすいませんでした。ちゃんと話聞いてたつもりなんですけど…」
「…わ、分かっている。だが途中から隣の女子と話をしていただろう」
「一瞬だけですよ。でもすいませんでした」
確かに少し過剰になりすぎたかもしれない。
七海に関しては完全に私情が入り込んだ気がしてならない。
「ああ…いや、俺の方こそすまなかった。お前の授業態度がいいことは知っていたはずだ」
「大丈夫ですよ。それより昨日のこともう怒ってないですか?」
そう言われて何のことかと思ったが、あれか。痴漢行為のことか。
そういえば勢いで七海にもう口を聞かないと言ってしまっていた。
まだ気にしてくれていたのか。
そう気付けばギュッと心が掴まれる。
七海が俺を忘れていないんだということが伝わってきて、じわりと胸が熱くなる。
「あ…お、怒ってない。その…俺の方こそ昨日は一緒に帰れなくて…」
「研究してたんだからしょうがないです。それより時間合う日教えて下さい。最近全然話せてないし、今度こそ俺予定合わせるんで――」
「紺野先生、少しいいでしょうか」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、ゼミで顔を合わせた生徒がいた。
どうやら研究のことで聞きたいことがあるらしく、そうなればもちろんそちらを優先させる。
高校の時はわざわざ俺に聞いてくる生徒など受験シーズンを抜かしてほとんどいなかったが、大学ではそんなことはない。
より学びたい生徒がこぞって俺に聞いてくる。
こちらももちろんやる気のある生徒にはそれ相応の対応をする。
その日も講義を終えて研究会に顔を出してから論文を書いていたら、また時間を忘れて集中してしまっていた。
携帯を見ると七海からメッセージが来ていて『終わったら連絡下さい』と入っていた。
時刻はまたしても遅い時間になってしまっていて、慌ててしまう。
そういえば昼に七海が何か言い掛けていたが、途中で生徒が入ってきたためアイツの話をちゃんと聞けなかった。
ゆっくり話し合うことも出来なければ俺がしたことといえばアイツにチョークをぶん投げたことくらいで、いよいよこれはまずいのではないかと青くなってしまう。
メッセージではなく、電話をしたほうがいいのかもしれない。
七海に電話を掛けてもあまりいい思い出はないのだが、それでもすれ違ってしまうのだけは嫌だ。
携帯を片手に、ドキドキと体温が上がっていく。
アイツと話せるのかと思うと、近くにいないのに顔が熱くなり頭が回らなくなっていく。
勇気を出すのに少し時間がかかったが、思い切って通話ボタンを押した。
少しの呼び出し音の後、電話が繋がる。
なんだか騒がしい音がした。
『もしもーし。みーちゃんですか?』
だがすぐに人を甘やかすような、優しい声音が俺の耳を揺らす。
七海だ。
ぶわっと体温が頭の先まで上昇していく。
「な、七海あの…っ、また遅くなってしまって…」
『大丈夫です。いつも研究お疲れ様です』
その言葉にギュッと胸が掴まれる。
良かった。分かってくれていた。
『みーちゃんがまさかわざわざ電話してくれると思いませんでした。すげー嬉しいです』
「あ…その。最近お前と話して無くて…っ」
『ほんとですよ。俺もういい加減みーちゃん切れですからねっ』
「…なんだそれは」
『みーちゃんと話したいし触りたくて限界ってことです…けど、みーちゃん准教授になってからすげー忙しそうだし楽しそうだから、邪魔はしたくないんです』
七海はそう言って言葉を曇らせる。
なんだかまるで構ってもらえなくて拗ねている子供のようだ。
思わずクスリと笑ってしまう。
「すまなかった。次の休みが決まったらすぐにお前に教える。悪いが予定を合わせて貰えないか。行事が詰まってしまっていてなかなかずらせない」
『大丈夫です。次は絶対合わせますっ。バイト入ってても変わってもらうんで』
「仕事は真面目にやれ」
『バイト行ったら超真面目にやってるから大丈夫ですっ』
七海が大丈夫だというのなら大丈夫なんだろう。
調子のいい言葉だが、アイツの様子にホッと胸を撫で下ろす。
良かった。
すれ違ってしまったらどうしようかと思っていた。
が、落ち着いたところでふと気づく。
「…ところでさっきから周りが騒がしいが、お前外にいるんじゃないだろうな」
『え?いますよ。サークルの友達みんなと飯食ってます』
「なに?今何時だと思っている」
腕時計を見れば結構いい時間だ。
子供が出歩くような時間ではない。
『みーちゃん、俺もう18歳ですよ。高校の時と違って時間気にせず外出歩けます』
「確かに条例は18歳未満だが、お前は未成年だろう。あまり遅くまで外で遊ぶのは感心しない」
『えー、せっかく少し大人になったのにまだ子供扱いしますか』
七海がそう言ったところで、電話越しに「ななみーん、誰と話してるの?」という女の声が聞こえた。
サークル仲間と言っていたからもちろん二人ではないだろうし女性もいるだろう。
大学生ともなればそれなりに付き合いもあるだろうし、研究会でも遅くまで生徒が論議を繰り広げているのを見ている。
そう思えば一概に否定する事はできない。
が、やはり苛々する。
女とこんな時間まで飯を食うな。
子供は家に帰って勉強しろ。
フツフツと湧き上がる気持ちが込み上げてきたが、既の所でギュッと唇を噛みしめた。
「…分かった。気をつけて帰れよ」
『ひょっとしてみーちゃん今大学出たところですか?みーちゃんこそストーカーとか出たら危ないんで迎えにいきま――』
「来なくて結構だ」
そう言ってブツリと電話を切った。
よし、堪えた。
なんとか今回はすれ違うことはなかったはずだ。
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