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18歳以上ですか?
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いち
-
年齢も 職業も 様々。
千春という名前の人間の
周りで 有った 出来事。
……………………………
私の名前は 弥生。
名前を名乗ると だいたい3月生まれですか?と 言われる。
以前は頻繁に言われていたが 最近は 名乗るのも 嫌で 苗字だけしか言わない。
フルネームなんて役所くらいしか必要ないし もちろん区役所の窓口の人が 他人の名前などいちいち 取り沙汰したりしない。
そんな私の 最近のお気に入りは 区役所の近くにある カフェ。
コーヒーがとてつもなく美味しい。
1ヶ月ほど前のこと。
その日は異常に暑くて風もなく
歩き疲れて 座って ひといき つきたくて 店のなんたるかも 確かめずに 入った。
入ってびっくり。
とてもおしゃれなイマドキらしいお店。
明るい店内では
濃紺のカマーベスト。
短めの濃い赤のタイを可愛らしく結んで 真っ白なシャツに黒いパンツと同色の長めのギャルソンエプロンの若い男性がキビキビと動いていた。
銀色のお盆を持ってあちこちのテーブルを舞うように オーダーされた品物を運んでいる。
しかも満面の笑顔で。
その店ではコーヒーだけではなく 軽食もやっていた。
明るい店内はガラスで一面覆われるようになっていて 外から丸見え?
最初は道を歩く人が 中をじろじろ見ているようで 落ち着かなかった。
窓側のボックス席に座った私が 外ばかりを気にして小さくなっていた。
だって飲み食いしているのを 通りすがりの人々が なんだか 注目しているようで。コーヒーが 喉を通っていかなかった。
だが 隣の隣に座っている オバサマ集団が 大きな声で話しているのを 聞いて安心した。
外からは
見えにくいガラスの構造だと言っていたから。
そのオバサマ集団は どうやら このカフェのウェイターさん目当てで有ると 判明したのは 私がここに通い初めて 数回目のときだったろうか。
私はコーヒーが美味しいから 何度もここに来るようになったんだけど。
彼女らは どうやら 数人のウェイターさんと話すのが至上の喜びらしい。
しかし下品なオバサマ!
大きな声で話し 大きな声で笑う。
互いに何かしら話しているが 自分の話したいことを 語るのみで 他人の話なぞ聞いていない。
コーヒーの味なんてわかってるのかしら?
ホットコーヒーは冷めても構わないでおしゃべりに夢中だし アイスコーヒーも氷が形を無くしても ストローでじゅうじゅう下品な音をたてているし。
オープンサンドを食べているときも 自分のハンカチすらバッグから出していない。
テーブルの上にある紙ナプキンを これでもかって いうくらいバサバサと惜しげなく使っては 飲み終えたグラスの脇やパセリの残った皿にくしゃくしゃと丸めては散らかしている。
下品だわ~。
私は オーダーを取りにきた ウェイターさんに メニューを渡しながら コーヒーと今日のランチを。
と 慎ましやかに 彼に告げる。
ひときわ 優しい笑みをしてくれる彼は 他のウェイターさんとは 少し格上の容姿と誰よりも心が優しい人間だと思う。
彼は私ににっこり微笑みながら かしこまりました。と 答えてくれる。
そして 鳥肌をたてた私の腕をみて
エアコン寒くないですか?
と 気使いをしてくれたりする。
そのウェイターさんは
ハンカチタオルで 首あたりをガシガシ拭いているオバサマ軍団には 知らん顔だが 私には とても細やかな言葉をかけてくれる。
その気づかいはどんなお客にもそうなのかと思ったけど どうやら私だけ だと 思いたい。
うふふ。
あんな オバサマ軍団とは 一線を画しているって 分かってくださってるのね。
私が 少し セレブって気づいてくださったのかしら?
優しく声をかけてくれて彼が私から離れていくと オバサマ軍団の嫉妬に満ちたような視線を感じる。
うふふ
あなた達とは 動作もマナーも 格が違うのよ。
通っていくうちに 彼の名前も名札から 知った。
彼の名前は 千春。
コーヒーを運んで下さったときに
良い名前ですね
と 言ったら 目を少し見開いて はにかんだような 顔をしていた。
恥ずかしがりやさんなのね。
可愛いなぁ。
お待たせしました。
彼が 今日もアイスコーヒーをトレイに器用に乗せて 私の前に置いた。
私はいつものように 真っ白なきちんとアイロンをかけた麻のハンカチをテーブルに置いてから そっとグラスの汗を拭く。
私の名前も彼に教えたい って思うのは 恋する者として 当然の 気持ちだと思うのよ。
最近の私はおとなしくしていたもん。
昔 少し 奔放に過ごしていた時期もあった。
私の上を 通りすぎていった 幾人かの 男達。
遊び?
そのときは 彼らを 私なりに 愛していた。
何人かの男を 冷たく 振り払ったこともあった。
好きでもない人と そういうことを するべきじゃないと思ったときもあった。
これでも 私 モテたのよ。
通い始めて 1ヶ月くらい 経っただろうか。彼にメニューを渡しながら こう言ったの。
「ねぇ?もしかしたら 今日この店に私あてに電話があるかもしれないんです。取次は迷惑になるから 電話があったことだけ 教えてくれる?」
彼はレジ横の電話を眺めながら、
「構いませんよ。取次だって短時間なら。」
「ありがとう。連絡さえあれば 内容はわかっているから」
「はい。あ ところで お客様のお名前を 伺ってもよろしいですか?」
「あ そうだった。私の名前は 〇〇。
〇〇弥生っていうの」
「かしこまりました。〇〇様ですね。」
そういって彼はにっこり微笑んだ。
電話など来る予定もないし ここの電話番号も本当は知らない。えーと店の名前は
なんだったっけ?
………………………
その頃カフェの厨房では
「おー千春 今日は早上がりか?」
「うん。悪ィ。予定が有ってさ」
「さっき 10番テーブルで何か有った?」
「あぁ 忘れてた。あのお客様 もしかしたら電話来るかもだって。来たら本人に伝えるだけで良いってさ。取次しなくて良いってさ」
「千春さ だいぶ あの客に好かれてんじゃね?」
「えー?そうか?ちょっと親切にしてやっただけなんだ。」
……………………………………
その日 周りを見まわしても あの千春君は 居なかったし もちろん電話もかかって来なかった。
しかし
あれ?
千春って誰だ?
あれ?
ここはどこだろう?
目の前には 空のコーヒーカップ。誰だろう空の食器を置きっぱなしにしたのは?
今 何時かな?
あれ?
私はどこへ行けば良いんだろう?
私は
あれ? 私の家はどこだっけ?
あれ?私の名前は?
あれ?
戸惑いと焦りとで頭がいっぱいになって。
その後 どうやら
この店から 連絡が いったらしく
おまわりさんが来てくれた。
……………………………
翌朝
いつもの時間に あの カフェは開店前の朝礼をしていた。
いつものように 白いシャツとカマーベスト 黒いパンツにギャルソンエプロンをつけた従業員が 立ち姿もキリリと 勢揃いしていた。
店長らしき人間が皆に
「本日もよろしくお願いします。
あ 昨日警察騒ぎがありましたが お客様から聞かれたら 事件ではありません とお答えするように。
今回のことは 認知症の 方が ご自分の詳細について わからなくなってしまったと 正直にお答えして 構いません。ま 本当のことだしねぇ。」
「店長!
あの方 警察に保護されたんですね。」
「うん。そうだよ」
「ヨボヨボだったし。腰も曲がっていたけど。でも 何となく優雅にコーヒー飲んでいたな。
あの おじいさん。」
「そうだな。おのおじいさん 弥生って名前なんだって。毎日毎日 電話がくるかも!って 言ってたよな。私の名前は弥生ですって 毎日聞いてりゃ いい加減覚えるっつうの。」
「まぁまぁ たとえ ボケた爺さんだろうが オバサマだろうが お客様に 粗相のないように。
今日も 頑張りましょう!気合い 入れていくぞ!」
はいっ!
いつもの時間に カフェは 何事もなかったように 開店したのだった。
……………終わり………………………
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