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呆然として2人を眺めてると、ふいに女の子の方が、ボテッとソファから転がり落ちた。
「わっ」
慌てて腰を浮かせると、ゴチンって音がしてローテーブルが揺れる。起きようとして頭を打ったみたい。彼女が「あーっ」ってしゃがれた悲鳴を上げ、頭を押さえてうずくまった。
「何やってんだ」
そんな彼女の様子に、はははと笑う純一君。
女の子の方もつられて「ははは」って笑って――それから、ぼろっと泣き出した。
ソファとローテーブルの狭い隙間に座り込み、デニムのヒザを抱えて泣き出す彼女。
「だっ、あの……」
大丈夫ですか、ってとっさに言葉になんなくて、抱えてた水のボトルを放り出し、ローテーブルをこっちに動かす。
「ガ……」
ガイヤさん、と名前を呼ぼうとしたけど、初対面なのになんか馴れ馴れしい感じがして口ごもった。
純一君はソファにもたれたまま「泣くなー」って冷たく言い放ってたけど、その内放っとけなくなったみたい。ソファから滑り落ちるようにして、彼女の隣に座り込んだ。
ぽん、と彼女の頭を撫でる様子に、ドキッとする。
いきなり泣き出した彼女に抱いてた同情が、一瞬で吹き飛んでモヤッとする。
泣いてる子を慰めてるだけなのに……それだけだって分かってるのに……優しくしないでって思っちゃうの、オレ、サイテーだ。
ガイヤさんは泣きながら英語でぼそぼそ喋り出して、純一君はそれに「うんうん」って答えてる。
適当な相槌打ってそうではあったけど、何を喋ってるのか、早口過ぎて聞き取れない。ホントに適当かどうかも分かんない。
でもなんか、内緒話みたいに聞こえて、胸が痛んだ。
「I'm sad……」
ぽつりと呟いて涙をこぼすガイヤさん。純一君が慰めるように、彼女の肩に腕を回す。そしたらガイヤさんは、「うええー」と子供みたいな泣き声を上げて、彼の首に抱き着いた。
その瞬間のショックを、どう表せばいいんだろう?
目の前で「寂しい」って泣く彼女に同情する気持ちは確かにあるのに、それより純一君に触らないでって、嫉妬する気持ちの方が強い。
オレは優しい彼が好きで、優しい純一君なら、目の前の女の子を突き放したりしないハズで……でも、そうして欲しくなくて、カーッと胸の奥が熱くなった。
オレが好きなのは、オレだけに優しい純一君だったのかな?
でも、そんな都合のいい考え、よくないんじゃないのかな?
ガイヤさんに抱き着かれ、ピシッと固まってた純一君が、のろのろと彼女の背中に腕を回す。
ぽんぽん、とあやすように背中を叩く手は、いつもオレにしてくれるみたいに優しい。
オレはそんな優しい彼の手が好きで――だけど、今は、見たくなかった。
「うわあー」と声を上げ、彼に縋り付いて泣くガイヤさん。
英語で何か泣きながら喋って、喋りながらしゃくりあげて、また泣いて……きっと、何か辛い事あったんだろうって思う。
そんな彼女にオレも、優しくしたい。けど、胸の奥にどろどろ黒いモノが渦巻き始めて、どうすればいいか分かんなかった。
純一君を、今だけ貸してあげようとか……そんな気持ちにもなれなかった。
取らないで、って。触らないで、って。そればっかが頭の中に渦巻いて、でもそんな愚かなこと、泣いてる女の子に言いたくなくて、言葉が出ない。
その内息もできなくなって、はくはくと口を開ける。
「あ、まいもの、食べませんか?」
ようやく口から出せたのは、自分でも訳の分かんない、そんなセリフだった。
「アイスとか、プリンとか。チョコ? あの、甘いモノ食べたら、元気、出ます、よ」
上ずった声でたどたどしく言いながら、純一君に抱き着く彼女の肩に、そっと触れる。人見知りなオレにはそれが精一杯で、もうすでに顔が熱い。
彼女は腕を緩めてちょっとだけこっちを向いたけど、そのまま首を振るだけで――。
「うるせーなー、黙ってろ」
彼女に触れた手を、純一君にサッと払われた。
「お前ぇ、ちょっとは空気読めよ」
ろれつの回らない声で咎められ、不機嫌そうに睨まれて、グサッと何かが突き刺さる。
空気読め、って。それ、オレに言ってるの? オレが邪魔?
払われた手が今更のように痛んで、じわっと視界が歪みだす。
慌てて立ち上がり、彼に背中を向けて「ごめん」って謝ったけど、声の震えは抑えられなかった。
「ジュン……」
純一君を呼んだ後、ガイヤさんが「ううー」と泣いた。
ひっくひっくとしゃくり上げる、彼女の声だけがオレたちの部屋の中に響く。
温くなったペットボトルの水を冷蔵庫にしまって、ああ、シャツ濡れちゃったなって、ぼんやりと自分の服を見下ろした。
冷蔵庫の前に立ち竦んだまま、そこから1歩も動けない。
ほんの数歩の距離にあるリビングを、振り返ることもできない。
女の子に抱き着かれたままの恋人を、直視できない。
うつむいたまま、とぼとぼと自分の部屋に戻り、濡れたシャツを着替える。
そしたら、さっき大慌てで片付けた荷物の中に、オレの財布があるのを見つけて――気付いたら、それを引っ掴んで玄関に向かってた。
「オレ、コンビニ行って来る!」
後ろを振り向かず、靴を履きながら宣言して、アイボリーの鉄扉を押し開ける。
むぅっとする夜風に一瞬巻き付かれたけど、構わず外に飛び出した。
マンションの廊下を足早に歩き、コンクリートの階段を、音に気を付けて駆け降りる。
深夜の住宅街は人通りもなくて、都会なのに、どっかから虫の声が聞こえた。
ケータイを忘れたと気付いたけど、どうせ誰かからも連絡なんてないし、まあいいや、と足を進める。
ついでに鍵も忘れて来たけど、さすがに純一君も、オレを閉め出すことはないだろう。
それとも……彼女を慰めることに夢中で、オレの事なんて、もう忘れちゃってたりしないかな?
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