アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第8章
-
心臓がドクドクうるさく、鳴り止まない。
ーーーいけない…。
平静を…、
平静を保たなくては…。
歪みそうになる顔を何とかこらえ、
七瀬は気を張る。
しかし、背後にかかかる視線を感じるだけで、思わず力が抜けそうになってくる。
只倉が叫んだ。
「み、御船ッ!
聞いてくれよ!七瀬が帰ってきたぞ!
ようやく無事に、帰って来て…、」
心なしか、何だか只倉の声も震えているような気がする。
七瀬はもう何も見たくなくて、ただ前方をじっと見つめた。
御船の気配が動き、こちらに近づいて来る。
「七瀬。」
ああ…、心臓が震える。
低い、それでもしっかりとした強い声が七瀬を刺す。
ーーー御船…。
御船…。
七瀬は硬直したまま、動けなかった。
震える手でカバンをグッと握り締める。
只倉の顔が心配そうに七瀬を覗き込んで来る。
「七瀬っ!御船だぞ、
御船もおまえが居ない間すっげー心配して…、」
「七瀬。」
只倉を遮り、御船が詰め寄る。
カバンを握る手に汗が滲んだ。
会いたかった…。
ずっと、会いたくて、聞きたかった声が…、
今七瀬のすぐ後ろにある。
カバンも教科書も捨てて、思わず縋り付きたくなった。その腕の中に飛び込んでしまいたくなってくる。
しかし、
それは許されない。
シラを切るんだ。鉄壁を通すのだ。
視界に入れてはいけない。絶対に悟られるわけにはいかない。
石像のように黙り込み、徹底して七瀬は御船を無視した。
そんな七瀬に業を煮やしたのか、力強い手が七瀬の腕を引き寄せる。
視線を直に顔に感じた。
息苦しくなって顔を俯ける。直接御船の顔を見る勇気はとても無かった。
お互いの間に束の間の沈黙が流れる。
やがて、御船は怒りを滲ませた、
低い声で、
七瀬を引っ張った。
「来い。」
腕を掴む力はそのまま、七瀬を扉へと連れて行く。
ーーーマズイ、これはマズイ。
「やめろ!…御船っ!」
七瀬は必死で踏ん張り、抵抗したが、
御船は聞き入れず、怒りをまとったまま、七瀬をズルズル引っ張って行く。
七瀬はもやは、引きずられるような形で教室を出る。
ーーーマズイ、マズイ。
こんな所を…!
こんな所を奴らに見られたら…!
背中にいやな汗が伝う。
しかし、御船は構わず、トイレの個室に七瀬を連れ込み、
鍵をかけて、
壁と両手で七瀬を閉じ込めた。
燃えるような怒りがより直に、七瀬の全身の肌を刺す。
「七瀬…。」
低い低い、怒気を孕んだ声が七瀬を呼んだ。
「何だ、その顔は…。」
今までにないほどに鋭い目が七瀬を睨む。
七瀬は視線を合わさぬよう、出来るだけ目を俯けた。
「何だって、何だ…。おれは元からこんな顔だ。」
とにかく、今はこの場をなんとか早く切り抜けねば。
適当に答えて早くこの場を抜け出して、
教室に戻らなければ。
力では敵わない。御船が早く愛想を尽かすのを、ジッと待つしかない。
すると、御船は、壁についていた手で、七瀬の手首を掴み、
痛いほどの力で握り締めた。
ーーーああ、御船の体温だ…。
場違いにもそんな思考がチラッと胸をかすめる。
「ふざけんなよ、七瀬…。」
ギリギリと手首を握る手が強くなる。
「何だ、その死にそうな顔は。
何でたった五日間でこんなにも痩せてる。」
「…体調が悪かったから、親戚の家で世話になってただけだ。病み上がりなんだから、弱ってて当たり前だろ。」
「弱ってる?」
御船の声がかすかに上擦る。
「違う、七瀬。
お前は弱ってるんじゃない、死にそうなんだ。
今にもぶっ倒れてあの世にいきそうな顔をしてる。
体調が悪くて、親戚の家に?
それが、実家の人間が部屋に来ただけで過呼吸になった奴がいう台詞か。
七瀬…、もう少しまともな話をしろ。
お前は、
この五日間、どこで誰と何をしていた。」
動悸が速まり、七瀬はたまらず、身をよじった。
「…うるさいな…!
お前に関係ないだろうが!!
お前はおれの何だ?母親か?兄貴か?それとも、恋人か?
…どれでもないだろ。お前の知ったこっちゃない。鬱陶しいからさっさと放せ!!」
頭上からかかる御船の声に、
苛立ちの他に、じわじわと、別の熱が湧いてくる。
やめてくれ、やめてくれ。
もう放っておいてくれ。これ以上かき乱さないでくれ。
お前の声はおれには強すぎる。
「七瀬、こっちを見ろ。」
御船のもう片方の手が顎をすくう。
今日初めて、御船と視線が合わさった。
壁の中で七瀬はかすかに身動ぐ。
「…そんな顔で、俺を欺けると思ったか。」
雄々しく、整った顔が、
七瀬を見据え、険しくと眉を寄せている。
深い色の瞳も、妖艶な唇も、
全てが、七瀬から呼吸を奪った。
一瞬にして、心が溢れた。
怒りをまとった顔でさえ、七瀬には甘く、
とてつもなく恋しく感じた。
鼻がツンと痛み、嗚咽がせり上がってくる。
ーーーやめてくれ…、やめてくれ。
だから、嫌だったんだ。
「…御船。」
「言え。…頼む、七瀬。
俺が冷静でいられるうちに、
全部言ってくれ。」
御船の手が背中に回る。
御船はキツく、切羽詰まった声で、
七瀬の身体を閉じ込めるように抱き締めた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
82 / 164