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第11章
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「あ…、父、さん、どうして…。」
震える腕で、なんとかベッドの上で姿勢を保ち、病室に入ってきた二人の男を見上げる。
父さん、と呼ばれた男はにっこり笑って、
七瀬のベッドに歩み寄る。その瞳には昏い、欲望の色を宿していた。
「どうしてじゃないだろう、智美?
君が倒れたというんでこうしてお見舞いに来たんだよ。仕事の都合ですぐに来てやれなかったんだが、思ったより元気そうで良かった。」
深く、静かで落ち着いた声が忍び寄る。
物腰も口調もきわめて穏やかなものだったが、
その中には一種異様な執着心が確かに含まれていた。
いつもいつも、七瀬を怯えさせて来た声だ。
「ぁ…、父さん…、ごめんなさ、」
「まったく。」
七瀬の弱々しい声を遮って、業田が冷徹な声を浴びせる。
「貴方にはほとほとがっかりですよ、
七瀬の名を背負っていながら、こんな不祥事をしでかすとは。お父上がどれだけ心を痛められたと思っているんです。本当に貴方ときたら…。」
「よさないか、業田。」
その声をさらに父が遮る。
七瀬は二人の声を遠い気持ちで、底冷えするような思いで、なかば、聞き流していた。
動揺と衝撃で内容が頭に入って来ない。
いつもであれば、ここまで心を乱す事も無かったが、予期もせぬ、突然の来襲だっただけに、身構える余裕もなかった七瀬の心は一気に崩れた。
ただでさえ、今はまだ、不安定な状態なのに、
目の前の昏い影を纏った男たちに、気丈に対抗出来る気力など、今の七瀬にはなかった。
ただ怯えて、ベッドの中で身をそらすのが精一杯であった。
「智美は被害者なんだ、悪い男達に痛ましくも捕まってしまったんだよ。でも、もう大丈夫だよ、智美…。」
父が業田に向けていた瞳をまた七瀬に向けた。
「もう大丈夫だ。私がいるからね、今度こそ、私が君を守ってあげる。」
「い、いや…、いやだ、父さん…。」
腕を広げながら、父が近づいてくる。
七瀬の頰に涙が伝った。
「どうしたんだい?智美、何故そんなに怯えている?」
「ぃ、いや、ちがう…。」
ーーーおれは“ともみ”じゃない。
ベッドの傍まで来て、悠然と自分を見下ろしてくる父に対して、七瀬はひたすら許しを請うた。
「ごめ、なさい、ごめんなさい…、父さん。」
「困った子だね。そんなに震えて、怖がる事なんか何もないだろう?私が君に、一度でも暴力を振るった事があるかい?それに…」
目の前に立ちはだかった父の手が、七瀬の震える顎をすくった。
「言ったはずだ、私のことは宗昭(むねあき)と呼びなさい、と。忘れてしまったのかい?」
「ぁ、…あ、父さ、」
声が掠れる。呼吸がうまくできない。
見下ろしてくる昏く重たい瞳に、力を全て奪われてしまったかのように、身じろぎすらできない。
ーーー怖い、怖い。
この瞳は怖い。
「やれやれ、やはり、君を放してしまったのは間違いだったようだね。」
顎をすくっていた指がするりと七瀬の涙に濡れた頰を撫で、首筋へと滑っていく。
「…ッ、や、」
「こんなに傷を作って、痩せてしまって。痛々しい限りだ。なのに、…本当に罪深いね、君は。」
宗昭の顔がグッと下がる。そして七瀬の耳朶に息を吹きかけるようにして囁いた。
「…こんな姿になっても君の色香はまるで変わらない。」
七瀬の身体が恐怖で大きく揺れた。
新たな涙が流れ、戦慄のあまり声も出ない。
ただ、ほんのすこしでも、身体を離そうと、体重を後ろに傾けた。
「いや、むしろ、以前より増したか。一層、艶っぽい顔をするようになった。この身体で何人男を誘惑したのかな?」
「ち、…がう、…ちがうっ」
「泣き顔も、震える身体も、いじらしいくらい可愛いよ、智美。」
「…お願い、」
ーーーもう許して。
声にならない声を出し、ぎゅっと目を瞑る。
ーーーああ…、御船…、御船…!
心の中で何度も名前を呼び、その顔を思い浮かべる。
七瀬は限界まで顔を俯けながら、宗昭の顔を避けた。
宗昭の冷ややかな笑い声が頭から降って来る。
「もう君に自由はやらない。
…私の所に、帰っておいで、智美。」
宗昭の両手がするりと七瀬の身体を撫でた。七瀬はたまらず震えながら泣きじゃくる。
「ぃやです、…ッ、いやです、父さん!」
「そうしたら、私がいつでも君を守ってあげる。
君をずっと可愛がってやれるよ。こんな傷は二度と付けさせない。」
「…ぁ、あ、」
宗昭の手がいやらしく、細い身体のラインや腰を撫で回す。七瀬はもう呼吸を失って、ただガクガク震えていた。
「私の愛しい智美。さあ帰ろうね。」
そして、その腕が、竦んだ身体を抱きしめようとした瞬間、逞しい腕が割って入った。
「触るな。」
低い声と共に、七瀬の視界に焦がれた背中が立ちはだかる。愛しい匂いが、七瀬の鼻をかすめた。
そして宗昭の身体ごと、グイと七瀬のベッドから引き離し、押しやった上で、
背中で七瀬を覆い隠した。
それまで黙って成り行きを見ていた業田が声を上げる。
「なんだ、貴様は。」
御船は答えなかった。
黙って七瀬の前に立ち、ギロリと二人を睨んでいる。七瀬は荒い息のまま、御船の背中に思わずもたれかかった。
心臓がまだまだ痛い。呼吸がままならない。
そんな七瀬の状態を察してか、御船の片手が後ろに回された。
掴んでろ、というように、てのひらが開かれている。
七瀬は熱い思いで、その手を握り締めた。
「おい、聞こえないのか。なんだお前は。
コレは家族間の話し合いだ。部外者は引っ込んでいたまえ。」
「なんだはこっちの台詞だ。病人が怪我人の見舞いに来るんじゃねえ、迷惑だ。失せろ。」
御船の底冷えした声が二人を刺す。
宗昭と業田の顔色が一瞬にして変わった。
「病人、だと?」
業田の声が怒りで震える。七瀬の手に汗が滲んだ。
「…貴様、いい加減にしろ!一体何様のつもりだ、この方を一体どなただと思っている!!」
「どなたでも関係ねえな。病人には変わりない。
もっとも病人は病人でも、そこのあんたが行かなきゃならない病院は精神科の方だがな。」
御船が宗昭に向かって顎をしゃくる。
宗昭は表情を変えぬまま、ピクリと片眉だけ上げた。
「…ほう、面白いことを言う子だね、君は。」
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