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ましになったもの
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ベランダから入り込む日差しは夏らしく明るくきつい。主に食事時にしか使用しない二人がけのテーブルに座る男の前にアイスコーヒーを置き、白田はお盆を持ったまま横に立つ。自分の分は用意しておらず、一刻も早く自室へ引っ込みたい気持ちで、無数の本や資料に占領された狭い部屋に視線を漂わせながら重い口を開いた。
「あの、特にお話しするようなことは何もないんです。えっと、店で飲み過ぎてしまって近くのホテルに泊まっただけで、先生の想像するような朝帰りとは違うというか、」
何とも歯切れが悪く、二日酔いのせいか猛牛に対する緊張感からか少し頭痛がしているのでボソボソと話す。
「まあ、そこに座れよ。」
いやだと断りたいがそれは無理そうだ。目を合わせていないのに鋭い視線が突き刺さるのがわかった。
「はい。」
指定された向かいの椅子を引いて座りお盆をテーブルに載せると、不安な気持ちの表れなのかジーンズの生地を確かめるように無意識に膝へ指先を滑らせている。相手の言葉を待つ間も下を向いたままで、どう見ても探れば何か出てきそうな様子だ。
「なんだよ店で誰にも声かけられなかったのか。お前人と話すの苦手だし暗えし。あー、あとあれだ。色気ねえもんな。まあガッカリすんな。」
「が、がっかりとかしてない、です。」
色々と人格を否定されてムッとする。でも確かに図星だった。人付き合いも得意ではないし、昨夜の事も先生の言う色気があれば結果は違ったのだろうか。頭の中に水上の顔が浮かぶ。
「本当になんにもないんです。」
その辛気臭い声に眠気はピークであくびが出る。何事を言いしぶっているのか助手からはいつにない頑なさを感じ、イラつく気持ちを抑えるようにアイスコーヒーを手に取りがぶりと飲む。濃過ぎず薄過ぎず、自分好みの味に満足する。こういう点では白田のことを気に入っている。カラリと氷がぶつかり音を立てるグラスをテーブルへ戻す。
「ふうん。」
顎に手を当て、うつむく顔をまじまじと見る。身長も体型も平均的で取り立てて良くも悪くもない、ぱっと見、眼鏡をかけていることが唯一の特徴の顔立ち。性格的なところも加味すると女性にはモテないだろう。ではそういう志向の同性にならどうか。
黒い縁の眼鏡の隙間から覗く目はやや伏せられ憂いを帯び、気怠げに前に少し傾く首から肩のラインと伸びたTシャツの襟から覗く鎖骨は艶やかで触れてみたくなる。
「なるほどなあ。」
前言撤回、少しは色気の方はましになったようだ。
「朝帰りするくらい楽しめたならよかった。聞いたところによるとあそこのマスターの作る酒は美味いらしいな。」
その言葉に弾かれたように顔をあげる。
「やっぱり、あの名刺の人とはお知り合いですか。」
「あん?」
「い、いえ、あの、会員制のバーですし気軽に入れる場所じゃないから、名刺の人にその話を聞いたのかなって。」
もごもごと言い訳する。本当は水上の事を詳しく聞きたいが、そうすると色々と探られて昨晩の事がばれてしまうだろう。
「へえ。水上が気になんの。」
ニヤリと笑い身を乗り出す男にしまったと思う。おもちゃをいたぶる事に喜びを見い出す獰猛な気配がする。
「いいえ全然!お酒は美味しかったです。そんな情報知ってたなら先生自身が行った方が良かっただろうなって。僕はあんまり飲めませんから。」
タバコ、酒、女、それが好物の男だ。そのために働くと言っても過言ではない。
「俺が行ったらモテて仕方ねえだろ。ネタは欲しいが面倒くせえ。」
その自信はどこから来るのかと問いたいが、確かにそうなのだろう。
「すみません、なんのネタもなくて。」
「まあいい俺は寝る。」
ふわあと欠伸して拍子抜けするくらいあっさり席を立つ。
「お疲れ様です、おやすみなさい。」
ほっとして頭を下げる白田に頷き、猛牛はおとなしく去るかに思われたが違った。いきなりテーブルに右手をダンっとつけて身を乗り出し、コーヒーとタバコの香りがする彫りの深い顔が間近に迫る。濃いまつげの奥の瞳の色に深く吸い込まれそうで一瞬息を飲む。憧れを抱くくらい男として魅力的なのは出会った時から知っている。
「気に入ったなら今夜も行けばいい。」
行けばいいは行けよと同義だ。その命令に逆らうことが出来ないのは毎度のこと。白田は泣きそうな表情で、今度こそ寝室へ足を運ぶ横暴な男を見送った。
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