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誘う泡
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「うーん、正直に言うけど仕事の邪魔になってる気がするから別れたほうがいいって、なんていうか一方的で勝手すぎだろ。相手も気の毒に。」
ズバッと真っ正面から切られて、うっと息が詰まる。ただでさえ自覚のある身勝手さを指摘され、元々落ち込んでいた気持ちが更に下降して行く。
「だって、僕の出来ることなんてそんなことしか思い浮かばなくって。」
丸まる肩。しょげた様子で今にも目から涙が落ちそうなのを見て、水上はどうしたもんかと息を吐いた。出だしでこれでは相談に乗るのも楽じゃない。しかも本音を言えば、他の話なら付き合えるが白田の恋愛事情など聞く気分ではなくて少しイラつく。
マスターへ合図してビールの追加をする。素早く用意された、冷えたグラスを白田の前へ置いた。
「まあ、飲んで。俺も言い過ぎた。」
本当は言い過ぎたなどこれっぽっちも思っていなかったが、多少の酒が入ったほうが互いに気楽に話せるだろう。渡されたグラスを受け取った白田が、じっとビールの泡を覗き込む。ビールの苦味が苦手なのだが白く密な泡に誘われ、覚悟を決めてぐぐっと一気に呷った。
「マスター、おかわり。」
ダンっと勢いよくカウンターへ空のグラスを置き、据わった目で言い放つ。水上が白田と初めて会ったきっかけは、彼がカクテルで酔い潰れ、困ったマスターから連絡を受けたからだった。
「おい、そんなペースで飲まないほうがいい。」
ぎょっとし思わず止めたが、すでに二杯目の中身は白田の胃袋へ消えていた。また空のグラスを置き、おかわりを追加して三杯目を受け取る。飲みかけの烏龍茶やつまみの存在などすっかり忘れているようだ。
「最初は先生のこと大っ嫌いだったんです!」
怒りを含んだ顔でそう言われ、何の話だと水上は困惑しながらも頷く。それを横目に白田がぐびぐびっとビールを半分飲み干し、口についた泡を袖で拭う。
「ほんっと性格悪くって、態度デカくって、僕のことは下僕みたいに扱うし、側になんか居たくないくらい嫌で、嫌で、嫌で!いつも逃げ出したくて。猛牛の無茶振りに何度も泣かされたし!」
「へえ猛牛ねえ。先生ってそんな人なんだ。」
白田の口からは堰を切ったように、まだまだ悪口が続いている。勝手に作っていた先生のイメージが、中年のしょぼくれた男性像から筋肉隆々の岩のようなごつい男にすり替わる。さっきまでは相手が誰か伏せての相談事だったが、この話が繫がっているなら白田はやはり先生と付き合っているらしい。
「そんなに恨みがあるなら、好きにならせて先生が夢中になったところでポイ捨てして復讐とか狙ってんの?」
「違います!」
「でも、俺からみればそうだけど。経験から言わせて貰えば、一方的に捨てられるのって本当きっつい。復讐としてはいいやり方じゃないの。」
「違う。そんな、そんなこと考えて、ない、のに、」
言葉を詰まらせた白田の両目から涙が溢れ出す。ビール二杯半にして顔が赤く、感情のセーブが効かないらしい。
「あー、相当酒弱いのか。」
ぐずぐずと鼻をすすり、子供のように無防備に泣いている。それを見て面倒だと思うのに、罪悪感と庇護欲が芽生えた。そもそも、偉そうに人のことを非難する立場にないこともわかっている。
「そうじゃないよな、ごめん。」
水上は勝手に元妻と白田のことを重ねてしまったことを詫びた。自分も随分と身勝手な振る舞いで三年間過ごしてきたが、それについて泣くほどの気持ちなど持ち合わせてない。
「眼鏡外すよ。」
断って眼鏡を取り、おしぼりを目に当てて顔を拭いてやるが次々と落ちてくる。早くも酔っている白田は気付いてないが、そろそろ周りの視線に耐えかねた水上は、得意の笑顔を作りなるべく優しい声音で告げた。
「うん、のぼる君。ちょっと場所移動しよ。」
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