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もやもやの毒
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常連の黒谷とは親しいのだろう女性トレーナーの気さくな様子と満更でもなさそうな男の顔を見て、心の中でデレデレしすぎと毒突く。もやもや広がる黒い感情に耐えかね、白田は眺めていた視線を逸らすと冷却した足首に触れ、少しじんじんとするのを無視して再び靴下とシューズを履き、ゆっくりと立ち上がった。ベンチに持って来てもらっていたペットボトルとタオルを掴んで、トレーニング中の黒谷へは声をかけずにその場を去る。
来た早々に転んでしまったので汗をかいていないがジャージを脱ぎ、持って来ていた洋服へ着替え、ロッカールームから荷物を取り出した。そのまま外へ出て歩きながらスマホをタップする。とても真っ直ぐ家に帰る気になれない、溜まった毒を吐き出さないと先生へ理不尽な文句を言ってしまいそうで怖かった。
「そっか、いや大丈夫。うん、また今度。」
少ない友人達との何度目かの受け答えにへこむ。白田の年齢になれば家庭を持つ者や、デート、仕事、と色んな理由があり、突然の誘いは断わられてしまった。全てのことは打ち明けられないが、誰かに会って話を聞いてもらえば少しはスッキリすると思うのになかなか難しい。あと頼れそうなのは一人しかいないがそれも迷う。
「はあ、もう。」
ロイの連絡先を開いたまま、心許ない財布の中身を思い浮かべる。あの会員制のバーなら、誰かしら話を聞いてくれる者がいるかもしれないがそれは危険な賭けだ。
ふらふらと人を避け、覇気のない足取りで進む。ジムでの二人が目に焼き付いて離れない。今はまだ気にし過ぎなだけかもしれないが、いつか女好きの先生がふと我に返り自分から離れて行くことを覚悟してたはずなのに、気持ちの準備は足りてなかったらしい。
スマホから着信音が鳴る。画面には黒谷の名前が出ているが無視してリュックの奥底へしまいこもうとして、すっかり忘れ去っていた、全ての始まりとも言える曲がった名刺が手に触れた。
「待ち合わせしてるので。」
三人目の誘いを断り、物好きな人って結構いるんだなとカウンターに座った白田は他人事のように感じた。結局は会員制のバーへ立ち寄ることになったが、電話で教えられたセリフを言えば結構あっさりと退いてくれるので助かる。相変わらずの烏龍茶とチーズのつまみで時間を潰していると、午後九時半を過ぎ待ち人が来た。
「待たせてごめん!」
急いで来てくれたのだろう、息が上がっている。
「そんなに待ってないですよ。お仕事お疲れ様です、急に連絡してすみません。」
「いや、残業を切り上げるタイミングだったし大丈夫。」
気を利かせたマスターがミネラルウオーターを差し出し、水上が笑顔で礼を述べて受け取る。仕事帰りのスーツ姿で、多少の疲れが滲んでいようとも思わず見惚れるくらいに相変わらず格好いい。
「それより大丈夫だった?ここでの待ち合わせにしてしまってごめん。」
「大丈夫ですよ。確か仕事場から割と近いんですよね、ロイが言ってました。久し振りに来たので、入る時にちょっと緊張しました。」
「ああ。そういえば俺も久し振り。」
「えっ、そうなんですか?」
白田はてっきり、水上は相変わらずここに通っているのだろうと思っていたので純粋に驚く。その表情に、水上が苦笑した。
「そんな驚くかな。のぼる君とラーメン食った日以来、全然通ってないんだけど。」
「えっ!!」
更に驚かれ、白田の中での自分像に笑える。少し前の自分の行いを思えば当然だったし、弁解の余地もない。
頼んだビールが来たので烏龍茶と乾杯し、水上は白田に顔を寄せた。内緒の話をするように、重々しく真剣な声音で告げる。
「ついでに告白すれば、実はあれ以来全くセックスしてない。」
白田が言葉を失う。今の時間までの残業や、ロイから聞いていた、ここで一夜の遊び相手を探している話を思い出す。
「だ、大丈夫ですか。そんなに仕事忙しいなら、僕の誘いとか断ってもらってよかったのに。本当にすみません!」
眉根を寄せて頭を下げられ、かろうじて保っていた水上の表情筋が緩んだ。
「ぷっ!あっはっは!俺の印象って完全ヤリチンじゃん。仕事のせいとかじゃないって!あははっ、おもしれえ!」
人格崩壊したように、涙まで浮かべてひいひい腹を抱えて笑っている。ひとしきり笑い、目元を擦って涙を拭うといつもの爽やかな顔に戻った。
「大丈夫。ここに来るために無理とかしてないし、正直連絡貰えるとは思ってなかったから嬉しかった。遊ぶの止めたのは自分で決めたことだし。」
「そうなんですね。」
「まあ、俺のことはいいとして。なんか悩みあるんだろ、話してみなよ。」
優しく促され、白田はどう話そうか迷いながら烏龍茶で喉を潤すと、少しだけ真実を隠して悩み事を話し出した。
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