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― ep.1 ―(2)
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◆◇◆◇◆
「汐海(しおみ)! こっちこっち」
「天(てん)ちゃん!」
入学式を終えて、そろそろ1週間が過ぎようとしていた頃。
だんだん着慣れてきた制服に学校指定の鞄と学校推奨の革靴を合わせ、
家から最寄り駅までの道をちょうど半分ぐらい歩いてきたところで、
同じ制服を着た、よく見知った顔が駅方向から逆流して近付いてきた。
「おはよ! おー、制服似合ってんじゃん」
「そりゃどうも。天ちゃんやっと復活したんだ。新学期早々何やってんだよもう」
「ははは。メンボクない」
この長身でガタイのいい男は、小川天一朗(おがわ・てんいちろう)、
通称「天ちゃん」。
近所に住んでる1コ上の兄ちゃんだ。
幼稚園も小学校も中学校も一緒だったけど、
今年からとうとう高校まで一緒になってしまった。
1学年のズレはあるものの、腐れ縁なんてものも本当にあるんだなぁとしみじみ思う。
で、今年も2人同じ通学経路を毎日通うことになったのだから、
1年ぶりにまた毎朝一緒に登校できると思っていたのに、
制服姿での初対面は今やっと果たせたところだ。
「始業式前日に食あたり起こして2年生最初の1週間をパジャマで過ごした感想は?」
「そう意地悪言うなって。俺はまたこうしてお前と一緒の学校に行けて嬉しいぞ?」
「まったく…お人よしなのはいいけど、
もう少しは自分のことも大事にしないとだめだよ」
…ここだけ見れば、この男は年下に叱られるような困ったちゃんのように
思われてしまうかもしれないけれど、実際は真逆のしっかり者だ。
誰にでも優しくて行き届いた心配りができて、頼れるみんなのお兄ちゃん。
ほんとの兄弟のように育った俺は勿論のこと、
他の奴からも…中には普段それほど親しいわけでもない人までもが、
悩み事はまず天ちゃんに相談する!って言ってるのを散々耳にしてきたものだ。
実は今回の食あたり事件も、彼の思いやりが招いてしまったものだった。
子供の頃から仲良くしている近所のお婆ちゃんにばったり会って、
家に呼ばれてお菓子を出されたらしいんだけど、
……お婆ちゃん、消費期限が4日も過ぎてんの気付いてなくて、
『これ最後の1個なのよ~。
てんちゃんにあげるために大事に取っといたのよ~』
なんて嬉しそうに言うものだから、
ありがとう!美味しいよ!って言って食べてあげることしかできなかったんだって…。
もう! ほんっと何やってんだか!
この程度で済んだからよかったけど、うっかり死んじゃってたらどうしてたんだよ!
「はいはい、悪かったから朝からそんなコワイ顔すんなって。
どうだ、高校は? 友達できたか?」
「やれやれ。
うん、できたよ。同じ部活に入りたい子が俺ともう1人しか居なくて。
なんかずいぶん気が弱そうな子だったけど、すぐ仲良くなった!」
「そうかそうか、それはよかった。守ってやれよー」
「なんで俺が守るんだよ…」
そんな話をしている間に駅について、
改札を通ったところでちょうど電車が来ちゃったものだから、
病み上がりと文化部のコンビで必死に猛ダッシュして間一髪で電車に飛び乗った。
◆◇◆◇◆
満員電車に乗り込んでようやく1駅越えた時。
窓の外の景色が駅のホームに差し掛かったところで、
俺は反射的にあの光景を思い出していた。
「(あ……)」
入学式の朝、1人電車の窓からホームの様子を覗っていた時の、
あの一瞬の“出会い”。
これから高校生活が始まる、
期待も不安も目一杯に詰め込んだ胸を抱えて踏み出した、最初の日だというのに。
初めてできた友達よりも、
まさかの“鳥の鳴き声”だったチャイムの音よりも、
髪の毛がマジで1本もなかった衝撃の担任の先生よりも、
一番鮮烈に俺の心に焼きついたのが、
遠くからガラス越しに、しかもほんの数秒程度しか見えなかった、
名前も知らない「あの人」の笑顔だった。
「………」
何度も思い出すのはやはりあのシーンばかりだけれど、
この1週間、一応学校でも彼の姿を見たことは何度かある。
あれだけ目立つ人だから、普通に登校していれば目に入るのは当然のことで…。
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