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― ep.1 ―(7)
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◇◇◇◇◇
2人になったおかげでようやく美術室のドアを叩くことができ、
無事にクラブ見学を終えたぼくらは帰り支度をするため教室に向かって歩き出した。
最初に廊下で声をかけられた時、
ぼくは彼が、なかなか入れないでいるぼくのためにわざと「緊張してる」と言って、
一緒に入ってくれようとしているのではないかと思い、恐縮していたけど、
話を聞いてみるとどうやら本当に緊張していたようだった。
というのは、
彼は今朝、美術部の部員の1人に偶然出会ったんだそうで、
その人が少し怖そうな人だったから若干の不安を抱えながら見学に来たとのことだった。
嫌な情報をもらってしまったと思いつつも、
初めてのクラブ見学に一緒に行ける人ができて安心した。
…いや、それよりも。
どんな理由であれ、ぼくに声をかけてくれた人が居たことが、すごく…嬉しかった。
教室に着いたので中に入ろうとすると、
彼が小さく「あれ?」と言いながらドアの前で立ち止まってしまった。
「…?
椎崎(しいざき)くん、どうかした?」
「もしかして、奥村(おくむら)くんも2組?」
「えっ? そうだけど…?」
「なんだ、同じクラスだったんだ!」
「………」
「……あ! ご、ごめん!
俺記憶力なくってさ!」
慌てて謝ってくる彼は、失礼なことをしてしまったと申し訳無さそうな顔をしたけど、
ぼくにとってはそんなこと、別に謝られるほどのことでもない。
「ううん。全然かまわないよ。
ぼくあんまり存在感ないし…それに、
変に悪目立ちするより、誰にも気づかれないでいられるぐらいのほうが、
……よっぽどいいんだ」
「………」
普通のことを言ったつもりだったけれど、
ぼくに初めて声をかけてくれたその人は、
なんだか悲しい顔をして考え込んでしまった。
……あ、引かれちゃったかな?
どうしよう…同級生と普通に喋ったことがほとんどないから、
どんな言葉を選べばいいのかわからない…。
「あ、あの……ごめんなさい…」
「…よし、じゃあこうしよう!
今から俺のこと、“椎崎くん”じゃなくて“汐海”って呼んで!
俺も君のこと下の名前で呼ぶから!」
「……
…え?」
「入学初日ですぐに出来た、一番最初に名前で呼び合った友達。
それなら存在感ないわけないだろ?」
「…――」
高校生になったら、今とは違う生活ができるはず。
そしたら、普通の子が普通に送る生活を、ぼくも送ることができるかもしれない。
そう思っていたけれど……
「(これが……普通の………友達……!)」
じんわりと胸の奥が熱くなったと思ったら、
その熱は急激に喉元まで上がり、やがて目頭に到着した。
普通に振る舞いたいと思っていたのに、
ぼくは小さく嗚咽を洩らしながら、その場に泣き崩れた。
変な奴だと思われただろうな。
関わりたくないと思われちゃったかもな。
そう思って一刻も早く泣き止んでこの場を立て直したかったけれど、
初めて流れた知らない種類の涙は次から次へと溢れ出て、
止めることができなかった。
◇◇◇◇◇
「亜稀(あき)、部活行こう!」
「あ、椎崎くん…」
「だから汐海でいいってば。もう1 週間経つのにまだ慣れないの?」
「ご、ごめん…」
「謝らなくてもいいけど…」
出会った初日にあんなふうに大泣きして、
絶対おかしな奴だと思われているはずなのに、
汐海はぼくから離れていくことはせず、
1週間が経った今ではぼくらはすっかりいつでも一緒に行動するようになっていた。
他に友達ができないぼくとは違って、
汐海は割とすぐにクラスに馴染んで何人か仲の良い友人も出来ているから、
ぼくとばかり居てくれるのは、ぼくが独りにならないように気を使ってのことだと思う。
たぶん、誰かに「友達できたか?」って訊かれたら、
ぼくじゃなくて他の子のことを話すんだろうな。
それでもぼくは、今とても幸せだ。
美術部の人達も、ぼくのことを温かく迎えてくれた。
怖そうな人だと言われていた先輩も、
確かに難しそうな雰囲気はあるけど悪い人ではなさそうだし。
この学校でぼくは、やっと人並みの生活を送ることができるんだ。
絶対に手放したくない。
だからぼくがいじめられていた本当の理由だけは、決して知られてはいけない。
通学鞄と飲み物だけを持った大事な友達の後ろを、
画材一式全部抱えたぼくは、ちょっとヨロヨロしながらも小走りでついて行った。
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