アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
― ep.2 ―(7)
-
◆◇◆◇◆
教室の天井の角にある灰色のスピーカーが、
電子音で小鳥達の鳴き声を真似している。
この珍しいチャイムにも、ようやく慣れてきた。
何代目だったかの教育委員長さんが、
「鐘の音で子供達を縛り付けるのはよろしくない!」なんて言い出して、
クラシック音楽だとか、小川のせせらぎだとか、
どれもそう変わらないような「名案」がいくつも出された中で、
委員長サマが一番お気に召された「大名案」の、小鳥のさえずりが起用されたとか。
入学して最初にこの合唱を聴いた時はみんなざわめいて、
ほとんどの奴は普通のキンコンカンコンがいいって文句を言ってたけど、
最近ではもうみんな、
このさえずりを聴かないと学校に来た気がしないと言っている。
慣れっていうのは恐ろしいものだなぁとぼんやり考えていると、
もう1つ慣れた頃にやってくる現象が起きたことを頭髪ゼロの担任から伝えられた。
亜稀が風邪をひいて学校を休んでしまった。
確かに昨日から風邪っぽい様子があって、
「明日休むと思う」と本人も言っていた。
俺が心配しているのに気づくと、「よくあることなんだ」と笑っいてたけれど、
多分あれは結構無理していたと思うんだ。
環境がガラッと変わると人間は誰でも体調を崩しやすくなる。
特に亜稀に至っては、ここに居る誰よりも大きな変化の中に居る。
それは長かったいじめから解放されて過ごしやすい方に変わったのだろうけれど、
良い方に変わろうが悪い方に変わろうがそこは同じだ。
そろそろ疲れが一気に出てきても無理もないだろう。
プリントを持って行ってあげたかったけれど、俺は亜稀の家を知らないし、
亜稀のことだから、
俺が家までお見舞いに行ったりしたら逆に気を遣わせてしまうことになりかねない。
せめて今日の部活の様子だけでも、明日来た時にたくさん話してあげよう。
1日の授業が全て終わると、俺は初めて1人で美術室へ向かった。
◆◇◆◇◆
今日は珍しくHRが早く終わったので、一番に美術室に着けそうだ。
3回目にしてようやく部室の準備ができるかもしれない。
上手くいけば掃除もできるかもしれない。
…そこまで考えたところで、
そんなことを喜んでいる自分が可哀想になってきたので、
せめて小走りになりそうな足だけは意識して緩めて歩くようにした。
ゆっくり歩いても、この時間なら間違いなく一番乗りできるから大丈夫だ。
いつも一緒に居る亜稀が居ないことに多少の寂しさを覚えながら
長い廊下を歩いていると、
ふいに朝の天ちゃんの話が思い起こされてきた。
砂原先輩と阿部先輩がいつもべったりなんだという話…。
偶々なのか、俺はまだ一度も二人が一緒に居るところを見たことがないけれど、
本当に砂原先輩が美術部に来れば、嫌でも見ることになるのだろう。
…あ、嫌でもっていうのは言葉のあやで、別に嫌なわけではないぞ。念の為。
――でも、想像すると何だか、
自分が蚊帳の外にでも追いやられたような気分になる。
それが意味わからないんだよ。
きっと天ちゃんは俺がこんな気持ちになっていることに気づいてる…。
もし……もし、砂原先輩本人にも気づかれたりしたら……――
…なんだか、美術室へ行くのが怖くなってきてしまった。
今日あたりには、来るのかな?
こんな気持ちで初対面を果たすのは不安なような気もするけれど、
それでもやっぱり、会いたいという気持ちの方がずっとずっと強い。
ガラス越しに遠くから見て、
すぐそばですれ違って、
今度はついに――顔を合わせることになるんだ。
一方的に彼のことを見ていた俺の視線と、
別の誰かにしか向けられていなかった彼の視線が、
ひとつに交わる瞬間が訪れるんだ。
一昨日初めて廊下で聴いたのと同じ声が、俺に向って語りかけるんだ。
他の誰かじゃなくて、俺に……。
そう考えた時、
…俺はとうとう、自分の中にある感情が誤魔化しようのないものになったことを
自覚せざるを得なくなった。
――だって、
実際に鼓動が速くなってしまったのだから。
身体を激しく動かしたわけでもなく、寧ろゆっくり歩いているのに、
どきどきと脈打っている心臓を抱えてしまっては、何も言い訳ができなくなった。
やっぱり急ぎ足で行こう…!
俺は極力頭を空っぽにするよう努力して、足早に美術室へ向かった。
早く着いて部活を始めよう! 準備も掃除も完璧にしてやる。
…あぁ〜もう、本当にこの廊下は長い!!
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
15 / 36