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― ep.2 ―(8)
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◆◇◆◇◆
やっと美術室へと辿り着き、ドアの前で一度深呼吸をすると、
これでやっと頭を切り替えることができると思い、少しほっとした。
誰も居ないとは思うけれど、
もし誰か居たらすかさずこちらから挨拶しないといけないので、
ドアを開けると同時に室内を隈なく見渡すのは1年生の基本だ。
俺は口の中に「こんにちは」を用意していつでも出せるようにした上で、
横柄にならないよう丁寧な仕草でドアを開いた。
…ガララッ。
………
………?
…――っ!!?
…俺は、部活動においての後輩としての正しい振る舞いを
完璧な状態に準備してドアを開けた。
でも、こっちの準備は全く出来ていなかった。
だってまさか、今だとは思わなかったから。
今日だとしても、もう少し後というか、せめてみんな揃って活動始めてからだって…
……いくらなんでも、部員より先に部室に居るなんて思わないじゃないか…!
「………
……ぁ…
………」
咄嗟に何も言葉が出てこなくて、
俺は馬鹿のように口を半分開けたまま、その姿を見つめていた。
その人は、窓枠の真ん中に腰掛けて、
何をするでもなく、ぼんやりとデッサン用の石膏像を眺めていた。
色素を抜いてある金茶の髪が、
窓から流れ込む1日のうちで一番穏やかな午後の陽光に透けて、
夢のようにキラキラと光って揺れている。
石膏像を眺める彼の瞳も、
本来くっきりとした黒目のはずが、
この部屋の中の何を反射しているのか…髪と同じ、夢見がちな金茶の色に見える。
――昼間に星が見えた。
そんなことを自然に思ってしまうほど、
その光景は日常の中にありながらありえないほどに幻想的な眺めだった。
……あれ? そういうものを、俺は他にも知っているような…。
――あ、思い出した。それは…阿部先輩の絵だ。
今俺が見ているこの景色は、阿部先輩の絵の世界なんだ…。
俺はこれだけのことをほんの一瞬の間に光の速さで考えていたらしい。
我に帰ったのと、彼の視線が石膏像から俺の方へと移されたのは、ほぼ同時だった。
…――
何かが反射して不思議な色に見えていた彼の瞳は、
角度が変わると本来の、俺の良く知っているくっきりとした黒色に戻った。
その瞳が、こっちを見た。
俺も、彼の瞳を見ている。
――目が合った。
初めて、視線が交わったんだ……!
「(…あ……これ………………ヤバイ……)」
その感覚が何なのか、わからなかった。
今まで味わったことのない、全く得体のしれない何か。
初めて知る感覚が、頭のてっぺんから指の先、足の先まで、
凄い速さで駆け巡って、……金縛りにでもあったかのように身動きがとれなくなった。
何だ…?
なんだ、これ………?
石のように硬直していると、
視覚を奪われた状態の俺に追い打ちをかけるように、
今度は聴覚に彼が飛び込んで来た。
「あ、キミもしかして、新入部員サン?」
こんな状態になっている俺に、かたやとても軽い調子で語りかけてきた声は、
あの時廊下で聴いた声と同じだった。
正真正銘、自分へ向けて発せられたその声に、
今覚えたばかりの新しい感覚が、最速で全身に戻ってきた。
誰も居ない放課後の美術室で、
いま目の前に居る、出会って間もないその人が……
――こんなにも激しい感情を自分に与えた初めての人なのだと、
俺は圧倒的な混乱とほんの少しの心地良さの間でぼんやりと考えていた。
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