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― ep.3 ―(5)
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「おい逸彦。そのへんにしておけ。
1年が怯えているだろう」
突然ドアの方から聴こえた声に振り返ると、
清々しいほどの呆れ顔をした阿部先輩が凛と背筋を伸ばして佇んでいた。
「ん? ああ、ごめんごめん!
つい愛情表現が長くなっちゃった♪」
「は、はぁ……」
今ちょっと嬉しい言葉が聴こえたような気もしたけれど、
何だか一気に疲れてしまい、気の抜けた返事をよこすことぐらいしかできなかった。
阿部先輩に挨拶することも忘れてしまっていたけれど、
全く気にしていなそうなので、もう今日はいいことにする。
「(ここで何をしていたんですかって、訊いてみてもいいのかな……?)」
俺が美術室に着いた時、
砂原先輩は窓枠に座ってただぼんやりと石膏像のあたりを眺めていた。
時間的に考えて、HRをサボっている可能性もある。
まあ、うちのクラスみたいにただ早く終わっただけかもしれないけれど。
でも、
絵を描くわけでもなく、誰よりも早く美術室に来てただほーっとしてるだけなんて、
一体何の意味があってのことなのか…?
「(天ちゃんも教えてもらえないって言ってたよね。
それじゃあ、俺なんかが訊いていいことじゃないのかもな……)」
そう思って諦めた時、
俺が飲み込んだ質問を、
阿部先輩が一片の迷いもなく涼しい顔で砂原先輩に投げ掛けた。
「こんな早く来て1人で何してたんだ?」
「ん〜?
そんなの、みちるのこと待ってたに決まってるじゃん?」
「…ならそれ以外でだ」
「えー? それ難しいよ。ヒント〜」
「いつからクイズになった?」
「(………)」
軽快なやり取りをただ見つめていると、
何となく置いてけぼりにされたような気分になっていた。
置いてけぼりも何も、
俺はたった今知り合ったばかりで、2人はもともと友達なのだから、
今はその会話を見ているだけであって、
別に引っかかるようなことは何もないはずなのだけれど…。
「今日は何やるの?」
「下絵」
「コンペの?」
「違う。ただの習作」
「そっか。あ、椅子の脚にイーゼル引っかかるよ」
「ん? 本当だ。助かった」
「運ぶ時は足元見た方がいいよー」
「(………)」
…普通だったら、そのはずなのだけれど……。
天ちゃんからあんな話を聞いた後では、やっぱりどうしても気になってしまう。
こんな何気ない会話さえ、
長く連れ添った恋人同士のそれにしか見えなくたってしまう……。
「(やめようやめよう!
いつまでもじろじろ見てたら失礼だし、気付かれたら怪しまれちゃうよな。
ボケっと突っ立ってないで、俺も早く準備しよう!)」
やっと気持ちを切り替えて、準備室に道具を取りに行こうと動き出した時。
砂原先輩の左肩に糸くずのようなものが付いていることに気がついた。
「あ。先輩、肩に何か――」
その時、
……全て一瞬の間に行われたことだった。
あまりに慣れた様子で、
とても自然な動作だったから、
他に誰か居たとしてもその人はきっと何も気に留めなかっただろう。
しかし、俺はその瞬間の異様さを不思議なほど敏感に感じ取っていた。
「肩に何か――」
俺がほとんど無意識的に砂原先輩の肩に手を伸ばしかけた時……
「椎崎。興味があれば目を通すといい。学生コンペの案内だ。
奥村の分も一緒に渡しておく。
あ、逸彦。左肩に糸くずが付いてるぞ。
みっともないから早く取れ」
――一瞬のうちに、
俺と砂原先輩の間にスッと阿部先輩が移動して、
ちょうど伸ばしかけた俺の手にプリント2枚を手渡した。
反射的に受け取ったところで、
今俺が言いかけた肩の糸くずを、すかさず阿部先輩が砂原先輩に指摘した。
「え? あ、ほんとだ。
さすがみちるちゃん。よく気がつくね~」
――一瞬の、とても自然な流れだった。
けれど、俺にははっきりとわかった。
…阿部先輩が、“ガードした”のが。
俺は肩の糸くずを取ろうとしただけだ。
それなのに、あの手慣れた早技で、
…俺が砂原先輩に近寄るのを遮断したんだ。
「――」
ショックだった……。
何だかわからないけれど、物凄くショックだった。
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