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― ep.4 ―(5)
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◆◇◆◇◆
「片付け終わったね。帰ろっか」
「うん……」
「……?」
亜稀は、不思議そうな顔で俺を見つめる。
あの騒動の後、しばらくは亜稀も部長達も何だ何だとガヤガヤしていたけれど、当の砂原先輩は既に居なくなってるし、阿部先輩は断固として誰の問いかけにも答えず黙々と作業を続ける有り様なので、時間の経過とともに皆はいつも通りの美術部に戻っていった。
なのに俺だけは、部活の間も部活の後の片付けの間もずっと心ここにあらずの状態だったので、……俺の“事情”を知らない亜稀は、当然わけがわからないだろう。
「ごめん。ボケっとしてて。おしっ!帰ろう!」
「汐海……?」
「………」
もう心配しているのは明らかだった。
今から必死に普通そうに振る舞っても、どうせ亜稀にはわかってしまう。
何と言おうか?
考えあぐねていると、何だかだんだん素直な気持ちになってきた。
なぜだろう。あんなに認められなくて、あんなに1人で悩んでいたことが、はっきりと自覚してしまった途端にもう正反対の気持ちに変わり始めた。
口に出したら。言葉にしたら。
その瞬間に、本当に決定する。
――俺は……目の前で心配そうに自分を見つめる優しい友人に、その瞬間を見届けてもらうことに決めた。
「亜稀、聞いて!」
「――ん?」
「俺さっ、俺……!
砂原先輩のことが好きなんだ!!」
「へ……?
――え、えぇっ!?」
大きな目をまんまるにする亜稀に、(あぁ、とうとう言ってしまった)なんて思いながらも。
心はとんでもなく晴れやかで、薄闇になっている窓の外に、気の早い星なんか見つけてしまった。
俺のこんな爆弾発言を聞いて相手がどう思うのかなどという不安は、とっくにどこかへいってしまって。
自分でも驚くほど穏やかな気持ちで、友人の反応を待っていた。
亜稀のことだから、きっと優しく微笑んで、何でもないことみたいに思ってくれるだろう。
「そうなんだね。話してくれてありがとう。性別なんてたいした問題じゃないよね!」とか言って、じゃあ帰ろうかで終わるだろう。
そう、思っていた――。
「………
…? あれ、亜稀……?」
「――」
「お〜い、亜稀、どうした〜?」
「――」
ところが、驚かせすぎてしまったのだろうか?
亜稀はその場に立ち尽くしたまま、俺を見つめていつまでも呆然と固まっていた。
もしかして、気の弱い奴にこんな衝撃的なことを前置きもなく言ってしまうのはよくなかったのだろうか。
先輩のゲイ発言でも驚かされたばっかりだし、立て続けにこれでは刺激が強すぎたのかもしれない。
(うわ、俺、考えなしだったかな…)
どうしよう、冗談だって言ったほうがいいのかな? そんなふうに考えていた時……
「………ほんと、なの……?」
「え?」
微かに耳に届いたのは、残り少ない絵の具を無理やり絞り出したような、小さくか細い呟きだった。
「それ、本当…なの? ねえ、汐海っ……?」
「え……あ、いやその、…えぇ、と……」
震えの混じった声に、やっぱり冗談だというべきだと思い、慌てて「ごめん、」と言おうとしたその時。
固まりきっていた亜稀の足が、一歩こちらへ踏み込んできた。
「じゃ、じゃあ、じゃあっ、汐海は……そういうの、…おかしい、とか、その、気持ち悪い…とか……そんなふうには、思わない、の……?」
「えっ?」
何だよ、その台詞は…?
それって、俺のほうが亜稀に訊くことじゃないか。
「???
亜稀、それ、逆じゃない? っていうか、むしろ亜稀は俺に………――っ?!
え、わっ、わわっ――…!」
今度は、こっちが驚く番だった。
「――」
まるで体当たりでもしてくるかのように、凄い勢いで亜稀が抱きついてきた。
危うくバランスを崩して床に倒れこんでしまうところだった…。
「あ、亜稀…? どうした……?」
「――」
俺の胸に額を押し付けて、ぎゅーっとしがみついたまま――顔も上げずに亜稀が大声で叫ぶ。
「応援、するからっ…!! ぼくにできること、何でもするから!!
ぜったい、ぜったい、うまくいって…!!
先輩と、ぜったい……恋人同士になって!!」
「え、…え……?」
全く予想外な言動に、ただただ戸惑うことしかできなかった。
…けれど、ふと入学初日のクラブ見学の後に、俺の前で泣きじゃくっていた亜稀を思い出した。
普段感情的になることは滅多にないという話なのに、俺はこんな短期間のうちに既に2回も彼のこんな姿を見ている。
「幸せになって……みんなに、祝福されて……。…お願い………」
「亜稀……?」
思わぬ形ではあったけれど、背中を押されたことには変わりなかった。
次の部活動の日――俺はこれまでのどの時とも違う気持ちで、「あの人」が現れるのを待っていた。
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