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― ep.4 ―(6)
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◆◇◆◇◆
...【side change】
「…あぁ、今日もお美しい……」
「俺らと同じ人間だなんて信じられん…。あの顔は人形だよな、もう」
「男しか居ないこの絶望の地に、神様が落としてくださった唯一の希望だ」
(お? 何だ??)
図体のデカイ男どもが、廊下の隅に小さく身を寄せ合って、同じ一点を見つめながら小声で囁き合っている。
何だこりゃ、気色悪い光景だなぁおい…。
呆れた気分で奴らの視線を辿ってみると、ああなるほどなとすぐに納得がいった。
なんだ、コイツらも“ソレ”か。
奴らの気色悪――失礼、情熱的な視線を独り占めしているのは、いつでもそこら中の奴らから蝶よ花よと崇め立てられているいつも通りのアイツだった。
(阿部の奴、今日も清々しいほど前しか見ないで真っ直ぐ歩いてんなぁ)
ぼんやり思っていると、その真っ直ぐな背中に向かって誰かが鼻息荒く駆け寄って行くのが見えた。
確か同じ学年の誰かだ。名前までは出てこない。
名無し君は阿部の真後ろまで到着すると、耳まで赤く染めながら、そっとその肩に手を伸ばした…。
「あっあのっ、阿部君っ、…あ、あのっ、ボク……っ」
「…?
――!」
(………え…?)
その瞬間、ちょっと意外なことが起きたもんで……傍観しているつもりだった俺は、つい阿部の前に姿を現してしまった。
――パシンッッ!!
「気安く触るな! 僕は君のことなど知らない!」
「――ひっ! な、なんで…」
「えぇぇ~? おい阿部、おまえどうしたよ?」
「――!
…小川……居たのか。全く気付かなかった」
手を引っぱたかれた名無し君は、俺が出て行くのと入れ替わりに泣きながら走り去ってしまった。
気の毒に。きっとわけがわからなかっただろう。
というのも、――逆に意外かもしれないが、阿部は普段なら決してこんなことはしないのだ。
俺も1年の頃から、阿部が色んな奴に声を掛けられたり何かとちょっかい出されたりするのを何度となく目撃してきた。
コイツはとことんまで愛想がないし、口数も少ないし、冷たいとか怖いとかそんな感じの印象を持たれがちで、実際それも間違いではないのだろうけれども…
阿部は絶対に、人に対して敵意や悪意を向けることはなく、ただ「意味がわからない」というだけで、相手を傷付けるようなことは口にしないし、ましてや手を上げることなど一度だって見たことがなかった。
「好きです」と言われれば無表情で「そうか」と答えるだけ。
手を握られれば「何がしたいんだ?」と首を傾げながらただ終わるのを待つだけ。
そして何も気にすることなく、何も残さず凛と背筋を伸ばしてその場を後にする。
そういう奴なんだ、コイツは。
「お前、どうした? こんな穏やかじゃないことするの、珍しいじゃないか」
「………」
何も答えたくないとでもいうように、黙って顔を背ける。
…何だ?
やっぱり何だかいつもと違う気がする。
「嫌いな奴なの?」
「…名前も知らない」
「じゃあ何で……」
「聞いてどうするんだ。君は僕に何か用があるのか?」
そう言われてしまうと、こちらも答えに困ってしまう。
用事はないけれど、足が勝手に出てきてしまったから今ここに居るんだ。
そんなことを言っても阿部にはきっとわからないだろう。
「あぁ…悪い。俺どうも周りからアニキ扱いされすぎて、余計なお節介が癖になってんのかも」
「お節介…? つまり何をしに来たんだ。君の言うことはいつも意味がわからない」
「ははは…まあいいや」
なんだかばつが悪くなってきたので、適当に誤魔化して帰ることにした。
…というか本当に何をしに来たんだ、俺は?
「……悪い虫を持ち込むわけにはいかないんだ…」
「ん? 今何か言ったか?」
背を向けた瞬間、ぼそっと何か聞こえた気がして、阿部の方を向き直った。
「………」
「ん??」
「言った。けど聞こえなくていい。もう一度言うつもりもないし、君は気にしなくていい」
「そ、そうっすか……」
何でもないとか何も言ってないとか言えばいいところを、正直にこんな返しをしてくるところが、いかにもコイツらしくて顔が笑ってしまう。
本人が気にするなと言うのなら俺の出る幕ではないか。
俺は軽く手を振りその場を後にしたが、……きっと気にせずにいることはできないのだろうと、この時にはすでに確信していた。
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