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運命なんて
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──運命だなんてものは悲劇でしかない。
この世は、男と女、さらにはαとΩ、そしてβという二つの性別によって人間は六通りに分類される。
簡単に言うと、優性のα、劣性のΩ、そしてそのどれでもない、それでいてこの世の8割を占める最もスタンダードな性であるβだ。
αとΩには特別なつながりがあり、『番』というシステムを構築することが出来る。そして、その中でも一等強い結びつきが『運命』と呼ばれる組み合わせだ。
心も何も関係なく、ただ『優秀』な遺伝子を残すためだけのマッチングシステム。それを俺──花笠葵は唾棄していた。
「兄さん、どうしたんですか?」
ふんわりと寂しげな笑みを浮かべる少女にぼんやりとした頭を現実に引き戻し、俺は笑みを作り上げる。大丈夫、俺はちゃんと笑えている。
「何でもないよ。天音。…体調はどう?」
「今日は、かなり快調です。お医者様もこれなら高校でも健康で活動できるといっていました!」
嬉しそうに頬を染め心底楽しげに声を弾ませる年の離れた妹、天音に思わず頬が緩む。
真っ白な部屋、ベッド、服、窓から見えるのは青空だけで、そんな簡素な世界で一人病と戦う妹は、ひどく健気だった。
「そう?なら……」
言葉を続けようとしたその瞬間、鞄の中で端末が震えた。あんまりなタイミングに大きく息を吐いて忌ま忌ましげに鞄からスマートフォンを取り出す。
そこに写し出された番号に殺意を覚えながら天音に少し待ってて、と声をかけて病室から出る。そのまま無言でぶち切って別の番号を打ち込んだ。
「……ああ、もしもし?俺だ、葵だ。またあの男から連絡があった。……ああ、それで頼む。」
簡単に用件を伝えて電話を切る。──この顔のままでは妹の前に出れないと考え直して少し頭を冷やすために歩き出した。
(今更、)
(父親面とか、本当舐めてんのか。)
小さく心の中で毒づきながら葵は一人、凶悪に顔を歪めながら長い廊下をカツカツと歩き続けていた。
──花笠葵は、Ωである。
葵の母親もまた、Ωであった。違うのは、葵は男だが母は女であったこと、としかいえない。
別にΩで産まれたことを嘆いたことはない。幸いにも葵の発情は薄いしフェロモンもほとんど放出しない。βや、下手すればαも葵のことをβだと勘違いするレベルの薄さだ。
それに何より葵はそれなりに優秀な頭脳を持つ男だった。薄いフェロモン、殆どない発情期、それに優秀な頭脳さえあれば大学になど普通に通えるしΩであることを隠し、体調管理などをしっかりすればバレない限りまっとうに生きていくぐらいの経済力は身につけられる。
嘆いたことはないが、苛立つことはある。その最たるものは自らの父親のことだった。
葵の、血縁場の父はαだ。父は有名な一族の家長で、それなりの資産を持つ男だった。
見目麗しく、Ωにしては優秀な母に目を付けた父は金と権力にものをいわせ母をなかば無理矢理手に入れた。
番させられ、ほぼ初対面で身ごもらせられた母の気持ちを考えるとよくも自分を愛したものだと感心するとともに感謝しか湧かない。
そんな最低の父だが、以外にも責任能力はあったようで生まれた我が子がΩであっても見捨てず三歳までは育ててくれた。そう、三歳までは。
葵の三歳の誕生日、父は『運命』にであった。
最悪だった。本当に葵の母からしてみればたまったものではなかっただろう。葵ですら嫌悪と軽蔑、或いは殺意しか父に湧かない。
運命にであった父は即行で母と葵を捨て、番に捨てられた母は情緒が安定しなくなり、それはもう荒れた。あの時、自分が幼くて本当によかったと思う。それと同時に、そんな状況でも必死で自分を愛し育ててくれた母には申し訳ない気持ちしかない。
この、父とよく似た面の男をよく育ててくれた。一生頭が上がらない。
長い間母子二人で生活し、番に捨てられたΩでもいいと言ってくれるαと出会い母は番にこそなれなかったものの、昔よりは落ち着いて生活できている。
──なお、日に日にかつての番によく似た顔の葵を目にすると一時的に発狂してしまうので最近はめっきり会えないが手紙でのやり取りでは元気そうなので良しとする。
そんなこんなで母とそのαとの間に産まれたのが天音なのだがこれは置いておく。問題は、今更になって父が葵の存在を思い出したことだった。
運命にラリっていた父は葵のことを思い出し、あの手この手で引き取ろうとしたがこちらとらもう成人しているし今更あんなクソ野郎の顔も見たくなかったので丁重にお断りしたのだ。
第一、その『運命』とやらにも二人の息子が生まれている。一人は自分と同じΩ、一人はαだったか。同じクソオヤジの被害者として仲良くしているのでよく知っている。あいつはただ単に『政略的に』利用できるΩを手元に置きたいだけなのだ。事実、三つ下のΩ弟はついこの間も番がいるのに関わらずまだ結婚していないからと他のαのもとに嫁がされかけたのだ。さすがにあれはない。弟の番がカチコミかけなかったら相手のαは死んでいたことであろう。
──とどのつまり、とんでもないクソ野郎なのだ、葵の父は。
かつて自らの身に降りかかったことだから、よく分かる。
運命も、番も、悲劇しか生まない。番のメリットなんて、それこそフェロモンと発情期を抑えるぐらいしかないではないか。それなら、一生ひとりでいい。
──唯一、そう唯一番になっても良いかもしれないと思った男も何も言わずに葵の前から姿を消した。
だから、花笠葵は運命なんて認めない。
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