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小夜はドキドキしていた。
優しく笑うその顔を見ていると、なんだか幸せなのと、見つめられて恥ずかしいのと、胸がくすぐったいような、そんな気持ちになって、これがどう言う感情なのかが分からず、俯いてしまう。
膝の上でぎゅっと手を握りしめていると、おれの名前が素敵だと褒めてくれて、思わず顔を上げた。
コンプレックスでしか無かった名前が、彼の口から出てくると、なんだか違う風に聞こえて戸惑う。
おれの名前、褒めてくれた。
じんわりと胸が暖かくなった。毎日、職場と家の往復で、友だちもいない環境。
逃げ出した故郷の苦い思い出を見ないように蓋をして、淡々と生活している中で、今日も息苦しさを感じていた。
「帰ろ。」
職場からため息をつきながら出てきてすぐ、おれの前で立ち止まっていた人のポケットから緑のパスケースが落ちるのを見て、思わず立ち止まった。
拾って見てみると、定期で。
あ、このままじゃ、あの人大変なことになると思って慌てて後を追った。
職場では、叔父さんと事務のおばさんしかいないので、その2人としか都会に出てきて話したことがなかったから、声をかけた後、なかなか言葉がでない。
焦る気持ちばかりが大きくなって、これ!と拾ったパスケースを突き出した。
背の高い人だな。そして、優しそう・・・。
渡したらそのまま去るつもりで踵を返すと、お礼をしたいと言ってきた。お礼をされるほどの事はしてないのに、どうしようと思った。
食事を誘われ、ドキドキする。
長崎から出てきて、コンビニ弁当か節約のために自分で作ったご飯しか食べておらず、会話を楽しむ友だちも恋人もいない。お誘いは、すごく魅力的だった。暖かいご飯と、優しい笑顔。安心させてくれる口調に、覗き込むように見つめてくるその瞳。
たぶん、おれは優しさに飢えていた。
肩を抱くようにして連れてこられた洋食屋さんで、だからかもしれない、自分のことをいろいろと話してしまったのは。
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