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0.エロ声男に恋をして-プロローグ
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「今何て…?」
中本事務所の女社長である中本悠里(ナカモトユウリ)が言った言葉を、小童谷秋幸(ヒジヤアキユキ)は信じられず、絶句する。
「何度も言わせないでよ。映画のオファーが来てるのよ、あんたに」
中本は秋幸を指さしてまたさっき言った言葉を繰り返した。けれど、秋幸がもう一度聞きたかった部分はそこでは無い。
「そ、そこじゃなくて、その続きですよ!」
興奮のあまり秋幸は中本のディスクにダンッと両手を叩き付け、音を立てた。そんな秋幸の態度を見て、中本は眉間に皺を寄せながら盛大な溜息を吐き、もう一度同じ事を嫌々ながら言って聞かせた。
「だーかーらー、今大ヒットしてるBL小説の実写化に、主演であんたにオファーが来てたのよ」
中本は言い終わり、今日の予定が書いてある資料を見始め、この話しは終わりだと態度で示してきた。
秋幸は中本のそのあからさまな態度を見て、これ以上聞いても話してはくれないと思い、また改めて話しをしようかと思った。だが、中本のその最後の言葉の変化に気が付いた秋幸はその考えを無くした。
「来てるじゃなくて……〝来てた〟んですか……?」
「そう。来てたの」
秋幸は中本のその返答に嫌な予感がした。
中本は設立してわずか二年で事務所を拡大させ、今では日本中に中本事務所の男性アイドルグループを知らないほどにまで拡大した。
中本事務所が最短でここまで有名になれた理由はただ一つ。
社長の中本が仕事を選ばずに良い条件であれば一つ返事で引き受けるからだ。
それも、本人達には告げず。
その中本の性格を知っているからこそ、秋幸はもう冷や汗しか出なくなる。
「それ……断ってくださいね」
秋幸は中本にそう言った。
「あんた、私の性格分かってるわよね」
だが、中本は秋幸を睨み付け、低い声でそう言って来る。
「分かって……わっ!」
中本の性格を知っているからこそ勇気を出して言ったのに、中本は険しい顔のまま急に立ち上がり、ディスク越しから秋幸が着けていたネクタイをグッと掴み挙げ、そのまま首を絞めて片手で秋幸を上に持ち上げた。
「ゲホッ、たすけ……ッ……」
中本は女でありながら身長は178センチもあり、一般男性くらいに大きい。
秋幸はギリギリの170センチである為、中本に首を締め上げられたら床に足が付かない。
秋幸は息が苦しくてもう駄目だと思い、中本の腕をタップする。
すると、中本が急に手を離した。
「わわっ、……い、痛い……」
床に思い切り尻餅を打ってしまった秋幸はその痛さですぐに立ち上がる事は出来ず、尻を摩る。
「ぶっちゃけた話し、あんただけ仕事が減ってるのよ……。グループ活動の時は映えるのに個人で活動となるとどうしてか声が掛からないのよね……」
「う……」
中本の今の言葉を、秋幸は自覚していた。
雑誌の仕事は多くあるが、それはどれもがグループでいる時だけの物。
秋幸が所属しているグループ【Rich(リッチ)】は、四人組の男子アイドルグループだ。
Richには一人一人のキャラが設定してあり、それが今男女関係なく受けていた。
癒し系の日野春羽(ヒノハルウ)、元気系の宮本夏(ミヤモトナツ)、真面目系の冬椰壱成(トウヤイッセイ)、そして、やんちゃ系の秋幸。
そんな四人の個性が生きている今、グループ活動よりも単独の仕事の方が増えている現実だった。
「春羽はグラビアにバラエティ、夏はスポーツ番組、壱成はニュースキャスター……。あんたは今、何で飯食ってるの?」
「お……俺は……」
言葉が出なかった。
他のメンバーは中本の思惑通りそれぞれの特徴を生かして個人個人での仕事を増やしていたが、秋幸は未だに自分の売りが何なのか分からないでいた。
「作詞ができても……それだけじゃあ駄目なのよ」
作詞は秋幸の担当で、Richの曲は全て秋幸が作っていた。
それは全てうまく行ってヒットしているが、今の世の中ではそれだけでは生き残れない。
それは自分自身が一番分かっていた。
「まぁ……愛良(アイラ)がやんちゃ系でヒットしちゃったから、あんたのポジションが減って来たのは可哀想だとは思うけど……」
愛良は昨年一人でデビューを果たした秋幸と同じ事務所の後輩だ。
最初は曲だけで売っていたが、その愛良がつい最近、男女関係なく遊び人だと記事になり、世間に広まった。
事務所内は混乱に陥ったが、等の本人は開き直っていた。
そんな愛良の態度に中本は怒ることもせず、その性格のままバラエティ番組に出させた。
それが良い方向に向かい、ありのままの性格を出した愛良は評判になり、まだ一六歳の愛良を女性達はやんちゃしている子供に見えたのか、年上に人気が出てしまった。
「本当は、あんたにそういったキャラで売ってもらいたかったんだけど……」
中本の期待は秋幸にあった。だが、秋幸は外見だけがやんちゃ系を装っていても内面は至って普通で、私生活も仕事も全てにおいて慎重派だった。
「俺は……俺なりに頑張ってました……」
やんちゃ系のキャラを壊さないように髪の毛を金髪に染め、ピアスだって開けた。服装もヴィジュアル系に近いような服を選んで着て、自分なりのやんちゃ系を作り、必死にしがみついて自分のキャラを売ってきたつもりだった。
「あんたはこの業界一番長いから……私が設定したキャラは難しいとは思ってたんだけど、でも、あんたはどんな環境になっても頑張っていけると信じてるのよ」
中本事務所に入る前、秋幸は違う事務所に入っていた。そこでは子役としてやれる事をやって来たのだが、年齢が上がるにつれ仕事が減ってしまい、芸能界を引退しようと思っていた時期だった。
そんな時、一度だけ共演した事があった当時女優をしていた中本に声を掛けられ、中本がこれから自分で事務所を立ち上げると聞いて、自分の事務所に来ないかと引き抜かれた。それがきっかけで、秋幸は中本に付いて行く決意をしたのだった。
秋幸はこれが最後のチャンスだと思い、中本事務所に入ってからは中本の指示通りに動くと決めた。
だが、この頃自分自身の性格と中本が求めている物の差が大きい事を自覚し、大きく悩んでいたのだった。
そんな時、愛良が出て来てしまった。
そのせいで焦りや迷いが増え、自分の可能性が何処にあるのか自分自身分からなくなった。
自分はどうしたいのか、どうしたら売れるのか、そんな事ばかり考えていて、テレビや雑誌に映っているメンバーの顔を見ると頭を抱えたくなった。
「内容がBLでも勉強になると思うし、あんたが今悩んでいる事もスッキリすると私は思うわよ」
中本は秋幸の悩みを熟知していたようで、だからこそこの話しを受けたようだった。
それが秋幸にも分かり、秋幸はこれ以上何も言えなくなった。
「これ、参考に聞いときなさい」
中本が秋幸に渡したのは一枚のCDだった。
「こ、これって……」
渡されたCDのジャケットは学生服を着た男同士が二人だけ描かれている物だった。
「あんたがこれからやる作品のドラマCD」
中本はそのドラマCD以外にも原作の全シリーズを袋から取り出して秋幸の前に置いた。
「こ、こんなにあるんですか……」
ドラマCDは一枚でも、小説は全部で六冊あり、どれもピンクのオーラが漂っていて、何冊かの表紙には男同士が全裸で抱き合っているのが目に入った。
「す、すごい……」
秋幸は本から目を逸らし、恥ずかしくて目を閉じたくなった。
「今は時間がないから、実写化する話しの所だけ読んどきなさいと言いたい所だけど、もしかしたらエンディングをRichが手掛けるかもしれないから、作詞の参考にも必ず全部読みなさいよ」
エンディングを任されるかもと聞いて少し気持ちが上がった。
けれど、それはほんの一瞬だけだった。
「時間が無いってどういうことですか…?」
「あ、悪い悪い」
中本は肝心の部分を言っていなかったと笑って誤魔化し、スケジュールが書いてある一枚の紙を秋幸の前に置いた。
「明日、相手役の子と顔合わせになってるの。その時に少ししたインタビューとか宣伝用の写真撮りも同時に進行していくからよろしく」
「あ、明日ですか!」
明日に顔合わせと聞いて秋幸は驚き、慌てた。
まだ心の準備もしていないのに急に相手役と顔合わせと言われても困ってしまう。
「良い男だと良いわね」
中本は意味ありげな笑みを見せ、その笑みは秋幸には恐怖でしかなかった。
「さて、話しは終わり。頑張って身体張ってきなさい!」
放心状態になって固まった秋幸を、中本は邪魔と一言だけ言って秋幸を部屋から追い出した。
中本に強引に渡されたドラマCDと小説全てを持ちながら、秋幸は重たい足取りでRichのメンバーが揃う、専用のダンス練習場へと向かったのだった。
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