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望まぬ変化
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陸から逃げて全速力でトイレに駆け込んだ俺は、そのまま無我夢中でバシャバシャと顔を洗った。
嬉しかった。
俺は嬉しかったのだ。
また同じクラスになれたことが、嬉しくて嬉しくて、心の底から嬉しくて、こんなに嬉しいことに自分でびっくりして、
ーーー嬉しすぎて怖くなった。
だっておかしいじゃないか。
こんなの普通じゃない。
俺は今まで一度たりとも、たかがクラス替えで友人にこんな感情を抱いたことなんて無かった。
友人どころか、中学生の時に片想いをしていた女の子とクラスが離れた時すらも、あーあぐらいにしか思わなかった。
陸のことだって、「離れたらまあしょうがないけど、もし同じだったらラッキーだな」ぐらいの気持ちだと思っていたのに。
あいつは、俺にとってよくつるむクラスメイトで、気の合う友達で、それだけで、
ーー本当に?
脳裏に浮かんだ言葉に、頭を振って慌てて取り消す。
いや、無い無い。意味わかんねえし。
俺はそっち系じゃねえし。
俺は平々凡々な人生を歩んできて、そしてこれからも特に起伏のない人生を歩んでいくはずで。
顔を上げると鏡越しの自分は酷く赤い顔で困ったような泣きそうなような表情をしていて、見ていられなくなってまた、見えない汚れを落とすように式が始まるギリギリまで只管に顔を洗い続けた。
体育館に入るともうほとんどの生徒が揃っていた。座る場所は自由だったので一番後ろの隅に座ろうとすると、真ん中あたりで女子に囲まれ話しかけられながらキョロキョロしている陸とパチリと目が合う。
引き止める女の子たちを惜しむことなく「ごめんね」と爽やか笑顔を向けると、くるりと振り返って嬉しそうな顔でそそくさと隣に来た。
いや、飼い主を見つけた犬かよ。とは思うものの、俺は結構この陸が寄ってくる様子が好きで、一年の時はたまに少し離れたところからこいつが俺を見つけるのを待ったりしていた。
しかし今は気まずさしか感じない。なんとなく顔を見れなくて、思わず目をそらした。
「遅かったね、というか何で髪濡れてるの?」
「ねみーから顔洗ってたんだよ」
「いや、下手すぎない?なんで後頭部までビショビショなの」
「うるせえ、顔が頭の前だけなんて誰が決めた」
「広辞苑とかだよ多分」
なんだ、普通に話せるじゃん。
全然普通じゃん、俺。
ほっとしながらくだらないやりとりを続けていると、そろそろ始業式が始まるようでざわざわしていた体育館が段々と静かになっていく。
それに合わせて俺も口を閉じて前を向くと、右肩に手が置かれ陸の顔が近づいて来た。
「ていうかさ、」
「…っ!」
どうやらまだ話し足りないようで、肩を寄せ耳元に口を寄せてくる。
「さっき優太がトイレに駆け込んだ後さ、突然「尿意!!」って叫んだヤバい奴に向けられる視線の中に一人取り残されてかなり辛かったんだけど」
「………う」
耳に熱い吐息が掛かって思わずビクリと肩が震える。
顔を横に向けると、鼻同士が触れそうなほど近い距離で視線が絡んで息が詰まった。
折角静かになっていた心臓が再び暴れ出して、吐息のかかった耳にまで一気に血がのぼる。
「……ほら、始業式始まるから。」
動揺を悟られたく無くて雑に押し退けて嗜めると、陸は不満げな表情で唇を尖らせた。
そんな顔をしても様になるんだからイケメンはずるい。
「真面目な優太とか、明日は槍が降るかも。」
ボソッとそんな不名誉な呟きが聞こえたが、もはやツッコむ余裕も無かった。
陸と同じクラスになれて楽しみだったはずのこの一年が、少しだけ不安になった。
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