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承‐1
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木兎さんに電話しなかった……
今日の練習に遅れずに現れるだろうか、と赤葦は危ぶむ。
毎朝、電話で起こしていた。
寝起きの声が耳元で響くのが嬉しかった。
朝一番に木兎の耳に入るのが、赤葦の声であること。それは赤葦の独占欲を満足させた。
昨日の言い合いがあって、今朝はどうしようか、と随分と悩んだ。
何も気にしていない、と、いつも通りに電話をするのが大人の対応だと分かってはいたが。
あの時の木兎の不機嫌そうな顔や声が、頭から離れない。
そうさせたのは自分自身だ、と赤葦は認めているが、いつもなら単純明快に答えが返ってくる木兎の、奥歯にモノが挟まったような歯切れの悪さが気に入らない。
そのくせ、「記事が捏造だ」と否定するでもなく、赤葦に対応の仕方を尋ねるでもなく。
木兎が何を隠しているのか、何を守っているのか見えてこないのが気味が悪い。
『本当に、あのヒトと……?』
夜中に何度も頭の中を廻った疑問。
もし、本当であった時の、木兎の晴れがましい笑顔を見るのは苦しい。
それを見守らなければならない自分が惨めだ。
同じ事を繰り返し考え、自分を納得させる答が出ないまま、ろくに眠ることが出来ず朝を迎えた。
それでも、日課として電話を掛けている時間は気に掛かる。
5分前には、スマホを手に取り通話履歴を呼び出してみる。見事なまでに木兎の名前が並んでいるのを見て、赤葦は苦笑する。
メッセージアプリが普及している昨今、わざわざ電話で話す機会は減る一方だが、木兎とは通話メインで連絡を取っていた。
メッセージ送っても、気づかなくて見てない、てのが結構あるんだよな……
昨日の朝に発信したきりの木兎の名をタップすれば、呼び出し音が3回鳴って、4回めが鳴る直前に『もしもし』と落ち着いた声が響くだろう。
昼間に聞く元気な声とは違い、耳元で聞くその声は、いつも赤葦をドキリとさせた。
「あ、」
迷っている内に、いつもの時間を過ぎてしまった。
でも、まだ今なら、と思い直すが指が動かない。
デジタルの数字は容赦なく進んでいく。
5分過ぎたけど、まだ……
10分でも、何とか……?
何をやっているんだオレは、と赤葦は己に呆れる。定時に連絡をしなければ、それはもう意味がないんだ。オレは役目を放棄したんだ。……自ら進んで買って出た役目を。木兎に是非に、と頼まれた訳ではなかったのに。
優しい人だから。大抵のことは受け入れてくれる……
赤葦は、ようやく電話を掛けることを諦める。
ふー、と長く息を吐き、今度は木兎の朝食について同じような心配を、また延々と繰り返す。
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