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承‐5
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コレって、どう聞いてもノロケだよな……?
生ビールの中ジョッキの3杯目を飲みながら、木兎は小さく首を傾げる。
及川に誘われるままに居酒屋にやって来たのだが、テンションばかり高い及川は、さほどアルコールには強くなく、中ジョッキを1杯カラにする頃には顔を赤らめ、口はいつも以上に滑らかになった。
「でね。ぼっくんの載ってる週刊誌 見てね、『このヒト、お前とも写真 撮られたよな』って凄むの~。笑顔なんだけどさー、眼が笑ってないんだよねー。それがさぁ、普段とは違って色気がある、っていうかぁ……なんかゾクッてきちゃってさ~~」
さっきから聞いてりゃ、スガ君のハナシばっかだな
よく動く及川の口を見ながら、3杯目の中ジョッキを一気に半分くらい空けて、木兎は考える。
アルコールは嫌いじゃないし、量もイケるクチだが、バレーボールのプレーに支障が出るほどに飲むことは、しない。
木兎の頭の中には、常にバレーボールがある。
もっと跳びたい。もっと打ちたい。
純粋に強さを求めたい。
そのために自分の体の管理は当然だと思っている。
食べること、飲むこと全てに気を配る。トレーニングも怠らない。好きなコトを好きなようにやる為に今に満足しない。
自分は、もっと出来る、と木兎は確信している。
及川と、スガ君。
しゃべることと食べることに忙しい及川をぼんやりと眺めながら、木兎は目の前に居る男と、その恋人の顔を頭の中で並べてみる。
恋人がオトコ、って。どんな感じなんだろ?
木兎の頭に素朴な疑問が浮かぶ。
偏見がある訳ではない。現に幸せそうに菅原のことを話す及川を、微笑ましいと思うし、それだけの存在を得ていることに羨ましさを抱かないでもない。
だが、分からないのだ。
あんなに柔らかくて温かで良い匂いのする女性ではなく、ゴツくて堅くて重たい男がセックスの対象となることが。
オトコ同士、って……ちんちんとか邪魔じゃねーのかな……?
相変わらず嬉しそうに菅原のハナシを続ける及川の顔を見ながら、木兎はジョッキをカラにする。
そして、今日はもう終わり、と烏龍茶を店員に頼む。
それにしても、優しい眼をするんだな
他愛のないハナシなのだ。
スガちゃんが玉子焼きを焦がした、とか、階段でコケた、とか。
でも、そのスガちゃんと呼ぶ声が甘く優しく響く。ぼっくんが、という響きとは、まるで違う。
愛情というモノを示せ、と問われたら、今の及川の声の響きを聞かせてやれば良い。そして、その瞳の温かさを。
あんな眼で見られたら、ほわほわな気持ちになるんだろうなー。
木兎が少し目を細める。
……赤葦がオレに向ける眼差しとは別物だ。ギラギラして強い意志を持った瞳。オレを焚き付けるような、熱い視線。
赤葦、かぁ。……今、何してんだろな?
オレ以外の奴の面倒を見てんのかな。
あいつは気が利くから、きっと皆に喜ばれる。
どーよ、赤葦ってスゴいだろ?!と自慢したくなる。
「でねー、ぼっくん」
及川が甘えたように話し掛けてくる。
いかん。うっかりコイツの存在を忘れていた。
「お前、そろそろ帰らなくていーの?」
自分が帰りたくなってきた木兎が、及川に言う。
「うん……帰ろかなー。スガちゃん待ってるかなー」
及川がテーブルに突っ伏すようにして呟く。
「そうだよ、スガ君が………て、なぁ、及川。お前ん時はスガ君 怒った?」
不意に思いついた木兎が、体育館での話を蒸し返す。
「オレん時~?オレが写真を撮られた時、ってコト~?」
「お前、酔ってんじゃねーの?すげーマトモに返答がきて驚く!」
と、目を丸くした木兎に、及川は、えへへ、と笑って見せる。
「酔ってるよ~~。でもまだアタマは働いてるからダイジョーブ!ね、そのハナシ聞きたい?スガちゃんの反応、知りたい?ね、ね?」
饒舌な及川に、
「……聞かなきゃヨカッタ」
と、木兎が肩を竦める。
「スガちゃんはねー。怒りませんでした。泣きもしませんでした……ただ黙ってオレの顔を見てきました 」
おかまいなしに、及川がハナシを進める。
「じーーっと見て、ぷい、と視線を外して口をきいてくれなくなった」
「……怖くね?」
「迫力あったよ。付き合って結構経ってたけど、ろくに一緒に居られない頃だったから……今だったら笑い飛ばして、お説教、かなー。自分の立場を考えろ、とか言われそうだけど、当時はね、まだお互いに手の内をさらけ出す前で、探り合ってる状態だったからね……」
及川がしみじみと語る。
「ヤバイ、と思った?」
「ん。もー必死に『違う』て訴えた!でもやっぱり、信じてもらえなくて……」
「ふむ?」
「………ケンカみたいになっちゃった、かなー」
及川が当時を思い出すように遠い目をする。
木兎は、やはり少し首を傾げて先を促す。
すると、及川がスマホの通知音に気づき、メールを確認する。
「スガちゃん、残業だってさ。……ん?ちょっと、ぼっくん!ネットで騒がれてるよ!」
及川が木兎の顔を見る。
「ネット?何で?……て、アレ?チームから電話だ。もしもし?」
木兎がスマホを耳に当て、急に真顔になり、二言三言話して通話が終わる。
「やべ。急転直下だ。オレ、ちょっと帰るわ。色々連絡が来そうだ」
「いよいよ、だね?」
及川が励ますように言う。
「ああ。いよいよだ。赤葦も何か言ってくるだろ」
言ってこない筈がない、と、木兎は確信する。
赤葦に本当のことを伝えたら、どんな顔、するだろな、と木兎は口元を緩める。
「コンチクショー、て感じ!」
及川が唇を尖らす。
「何で?!」
「ウソだよ。てか、半分 本心だけど。赤葦くんと仲好くね」
「だから、ケンカじゃない、って!アイツはオレが居ないとダメなんだから」
「……逆じゃない?」
木兎は、あはは、と笑いながら席を立つ。そして、瞳に強い光を宿し、前を向く。
「じゃーな。またな!」と木兎は手を上げて去って行く。
及川は、己れでは経験出来ない世界へ踏み出そうとしている木兎に、敬意を込めてジョッキを掲げ、その背中を見送った。
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