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転‐11
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「月だ」
顔を出したばかりの月を見つけた岩泉が、何気なく言う。
「この辺は、月は綺麗に見えるけど、星は見えねーんだよな」
岩泉が空を仰ぎ、誰にともなく一人呟く。
「オレの田舎じゃ、空一面の星で……」
言いながら腕を伸ばす岩泉を、見るともなしに赤葦が見る。
と、空をなぞるように動いていた岩泉の指先に、月が収まるような一瞬を赤葦の目が捕らえる。
真円には程遠い歪な月が、鈍く白い光を放って岩泉の指を掠める。
まるで、月を打っているかのような
赤葦の耳に、スパイクを打つ音が響く。
……木兎さん…………!
しなやかに振り下ろす腕から繰り出される強烈なスパイクが。
空中に高く長く留まり、ボールを……赤葦のトスを捕らえる美しいシルエットが。
岩泉の腕の動きを通して、はっきりと甦ってくる。
骨ばった手。長い指。柔らかな肩。しなる腕。
愛おしい、オレのエース。
いや、しかし。今、オレの目の前に居るのは、と赤葦は首を捻る。
かつてエースだった人だ。しかも高校時代のハナシだ。大学では無名に等しく、今はバレーボールに縁の無い銀行員だ。
木兎さんとは似ても似つかない。
同じなのは、年齢とスパイカーだった、ということだけ。ただ、それだけ。
なのに、何故。
その腕から、手から指から、目が離せない?
スパイカーの、手。
オレが愛して止まない、エースの手。
オレが託したトスを空中で捕らえ、相手コートに叩きつける魔法のような、手。
それを。その尊さを。
目の前のこの人に、重ねようというのか。
強引に。
スパイカーの手、というだけで。
この人は、オレにとって特別な存在に成り得るのか
?
「……なんだ?」
赤葦の様子を怪訝に思った岩泉が、腕を下ろして問い掛ける。
「え?……いえ、……今、岩泉さんが月をスパイクしてるように見えたので……」
自分の馬鹿な幻想を振り払うように、赤葦が小さく首を振る。
「お前も相当なバレー馬鹿だなぁ!」
岩泉が呆れたように笑い、赤葦の頭を、ぽん、と撫でる。
「わっ……!」
駄目だ、今、その手でオレに触れるのは!
赤葦は心の中で必死に抵抗する。
少しでも気を抜けば、その手に自分を委ねて……その手で自分を慰めて欲しい、と望んでしまう。
過去に幾度か、自分の身体を持て余し、一夜限りの関係を結んだことは、ある。
でも、今、目の前に居るのは。
岩泉さんをそういう奴らと一緒にしてはいけない。
……なぜ?
心の片隅でもう1人の自分が問い掛ける。
だって、大切な先輩で、尊いスパイカーの手を有していて。
……『大切な先輩』は、菅原さんや及川さん。彼は、その友達に過ぎない。それに今はスパイカーじゃない。銀行員だ。
でも、……ダメだろ。有り得ない。岩泉さんがオレを相手にする訳がない、
……じゃあさ。アタマに乗せられた手、だけどさ。
妙にいつまでも乗っかってると思わないか?そこから熱が伝わって来ないか?静かに動く指先が髪の毛に絡んでくるのは、偶然か?
それは……。
……見てみろよ、彼の顔を。確かめてみろよ。勘違いかどうか。
赤葦は、自分の中の黒い声に引かれるように、恐る恐る岩泉の顔を見返す。
すると、思ったより真剣に自分を見つめる瞳に捕らえられ、赤葦は小さく息を呑む。
この、眼の色は、知っている
赤葦を抱いた男達が、自分の欲望を吐き出す時に、向ける眼。赤葦を丸裸にするように、ギラギラと耀く、その眼。
何故、オレを……?
困惑した瞳で岩泉と向き合うと、岩泉は手を下ろし微かに眉を口元を歪める。
笑ったようにも見えるその顔には、先程の欲情した眼ではなく、後輩を慈しむような優しい瞳が光を放つ。
でも、さっきのは、確かに……!
岩泉の欲情を自分の見間違いか、と赤葦は狼狽えるが、そんな筈はない、と妙に確信が深まる。
何故だか分からないけど……このヒトは、オレを、そういう眼で見た。
もしかしたら…!
今のオレに必要なのは理屈じゃなくて、……オレを無条件に受け入れてくれる誰か、で……その誰か、が、誰でも良いのなら、………もしかしたら、オレ達は…………
再びゆっくりと歩き出した岩泉の背中を、当然のように追いながら、赤葦は思いを巡らしていく。
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