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津島のこころ(1)
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次の日。もっと気まずくなるかと思っていたけど、沢口は今までと同じように俺に話しかけてきた。
「おはよう津島。寝癖ついてるぞ」
「えっ!あ、ありがとう」
頭をテキトーに撫でつけていると、沢口が手を伸ばしてきて、ちょんと触れた。
「ここ」
「あ…うん」
けっこう近くで目が合って、なんだかドギマギしてしまう。しかし沢口は全く意識していない様子で席に戻っていった。
なんだ?なんで俺のほうがもじもじしてるんだよ。
腑に落ちないと思いながら自分も席に着くと、加藤さんに話しかけられた。
「津島くん、おはよう。さっき連絡あったんだけど、今日課長休みだから」
「あ、加藤さん。わかりました」
加藤さんは結婚してから、前よりいっそうてきぱきと仕事をするようになった。
「加藤さん、結婚生活どうですか?」
「順調だよ!津島くんは独身生活どうなの?」
「うーん、まあ、色々ですね」
「色々あるよね、人間!」
「雑ですね…」
「雑に行こうぜ!」
そう言いながら加藤さんは正確な手つきで作業を進めていく。
「加藤さんは悩みとかなさそうですよね」
「まあね。津島くん、何か悩んでるの?」
「うーん。そうですね…」
「それは大変だ!悩みがある時は飲んで忘れなきゃ!今日終わったら飲み…」
「加藤さん?」
加藤さんは中途半端に言葉を切ると、残念そうにため息をついた。
「だめだ。お酒は控えるって決めたんだった」
「どうしてですか?」
「子どもが欲しいの」
「子ども…あれだけお酒好きだった加藤さんが…」
結婚して、子どもつくって…やっぱりそれが、普通の人間の生き方なんだよな。
「津島くん、なんか落ち込んでない?そんなにわたしとお酒が飲みたかった?」
「違います」
「即答かー!じゃあ、どうしたのよ」
「えっと……何でもないです」
「なにそれー」
事あるごとに、「普通」がなんなのか確かめたくなる。それはきっと、俺がその普通の枠からはみ出しているからだ。はみ出していることを認めたくなくて、普通の人間であると装っている。
だけど誠は俺に、その事実を直視させた。
『俺、つしまに隠してたことがあるんだ』
あの夜、誠は覚悟を決めていたのだろう。
家族を捨てて俺と生きるか、自分を捨てて結婚するか、どちらかを選ぶ覚悟を。
『俺、ほんとは女なんだ。体は男だけど、心はずっと違ってた』
そう聞いた時、俺の心の中で、何かが粉々に砕けた気がした。
『俺は女として、つしまのことを愛して…』
『無理』
口から勝手に言葉が出てきていた。腕の中にいた誠を突き放し、布団から這い出る。
『無理。無理。そんなのおかしい。気持ち悪い』
『つしま…』
誠は悲しい顔で俺の名前を呟いた。
『出てってくれ。そんなやつと一緒に暮らせない。俺は普通の男なんだ。普通に女の子が好きで、結婚とかする予定なんだ』
『…ごめん』
誠はそれだけ言うと、顔を伏せて部屋から出て行った。そして次の日、誠の荷物はなくなっていて、手紙とまこちゃんだけが残されていた。
俺が悪い。自分のことで精一杯で、誠の気持ちなんて何も考えられずに、ひどいことを言って傷つけた。
「津島くん!津島くーん!」
気がつくと、加藤さんにばしばし肩を叩かれていた。
「大丈夫?ぼーっとしちゃって」
「すいません。考え事してました」
「どうしたの?話せることがあるなら聞くよ?」
加藤さんは心配そうに俺を見ている。
「えーっと…相手を傷つけずに告白を断る方法知りませんか?」
「ええっ、その理由でそんなに悩んでるの?」
「まあ…そうですね」
「聞いて損したわー」
加藤さんは心底がっかりした様子でそう言って、どこかへ行ってしまった。
ひどいぞ加藤さん。
「おい津島」
「……あ」
いつのまにか沢口が隣の椅子に座っていた。
「思いっきり聞こえてるんだけど」
「あああ…いつから?」
「そもそも最初から同じ部屋にいたじゃん。全部聞いてたよ」
「そうだよな…」
「何が『相手を傷つけずに告白を断る方法』だよ。現在進行形で傷つけやがって」
「ご、ごめん。俺また余計なことを…」
意気消沈していたら、沢口が吹き出した。
「ははは!なんでお前がそんなに落ち込んでるんだよ」
「だって…」
「別にさ、そんな気を遣わなくていいから。断るなら断るで、お前の気持ちを正直に言ってくれればいいよ」
「…うん」
自分の気持ちなんて知りたくない。本当の自分を見るのが怖い。自分が普通じゃないことを確認することになるから。
だけど周りの人を傷つけたくないなら、自分と向き合う覚悟を決めなきゃいけないんだろう。
「今日の夜、俺の部屋に来てほしい」
意を決して沢口にそう伝えた。
「えっ、お前の部屋?もっと危機感持てよ…」
「危機感?なんの?」
「なんのって…自分に告白してきた相手と、部屋で2人っきりになるつもりか?」
「別にいいだろ」
2人きりじゃない。俺はまこちゃんにも聞いていてほしいんだ。
…とは、言えないけど。
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