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息が詰まる。
言葉は喉まで出かかっているのに形にはならない
なんて、不自由なんだろう
「やっべ!始まるぞ」
「急げ急げ!」
バタバタと聞こえてきたドアの向こう側の足音で我に返る。
俺はこんなんばかりだ。
流されて、それで、気づいたら、
「なーんてね!」
パッと光を遮っていた影が消える。
身動きが取れないほどの重さは俺の上から退き
少し離れたところでケラケラと笑っていた。
「もー!伊澄さん無防備すぎだよ?俺じゃなかったらパクッといかれてたかもよ?」
「……」
唖然
あっけらかんとそう言ってみせるこの男に向ける感情は一つ
ただの怒りだ。
「もしかして、キスされるかと思った?」
ヘラヘラと笑うこいつは誰だろう
倒れていた体を起こして直ぐに金井の目の前まで行く。
視線が交じ合わないように逸らされた瞳に
何故か心臓辺りに痛みを覚えた。
パンッ
乾いた音が静かな部室に響く
「いったー!ちょっと伊澄さん何するのさ〜!」
ポカンと間抜けな顔をしたと思ったらすぐさま叩かれた頬に片手を添えて
ブーブー文句を投げつけてくる。
「何するはこっちのセリフだろ、なんなんだよお前」
「何って、」
「そんなに俺を振り回して楽しいか?お前は何がしたいんだよ」
「……。」
俺の言葉に感情の読み取れない表情をした金井がこちらを見ずに口を開く
ポツリ、呟いた言葉は耳を澄ませないとよく聞こえない。
「伊澄さんは酷いね」
「あ?」
ぱちり、顔を上げた金井と視線が交わう。
口元は笑っているのにその瞳は俺を責めていた。
「どうしたいって俺に聞くくせに本当の気持ちは言わせてくれない」
「っ、それ、は」
「俺は伊澄さんの嫌がることは出来るだけしたくない。そりゃ少しは無理やりというか成り行きで色んなことしてもらって迷惑もかけてるだろうけど…それでも俺の気持ちは前よりもうずっと大きくて、溢れそう。俺はこれでも耐えてる方だよ?」
そう早口で言葉を紡ぎ、金井は俯いてしまう。
表情はもう見えない。
ただ、その声が苦しそうで、辛そうで
絞り出すみたい紡がれた言葉はいつかの誰かと重なる。
俺はまた繰り返すのか?
そもそもこいつとは別にそういう関係ですらない
ただの友人
気を許してるのは確かだけれど。
先生とは……ハルとは違う
「ねえ、伊澄さんはどうしたいの?」
俺が、どうしたいか
「俺は……」
以前にも金井に聞かれた。
『二葉さんは、どうしたいの?』
あの時からさほど時間は経っていないはずなのに
もう遠い昔のことみたいに感じる。
俺ばかりが振り回されて、そう思っていた。
でも、あの時から金井は…
「…。」
こいつの存在が俺の中で日に日に大きくなっていく
急激に俺の中の気持ちが変わるわけじゃない
でも変わろうと、思い始めた。
『伊澄くんはさ、もっと金井っちを信じてみるといいよ』
大野先輩に言われたことを思い出した。
信じる、か。
彼女が誰でどうして俺のことを知っているのかもわからない
よくよく考えてみれば先輩である時点で年齢もわからない
仮に、ストレートで入学して四年生だとするなら俺と同い年だ。
俺が通っていた高校はここからさほど離れてはいない。
だとすれば、俺のことを知っている奴がいてもおかしな話ではなかった。
彼女がもう一つ、俺に言ったこと。
『まず向き合うべき金井っちじゃないと思うんだ』
誰かの言いなりになるなんて癪でしかない
けれど、確かにそうだ。
前に進みたいなら、ちゃんと信じてみたいなら
逃げてきたあの人に会わなきゃいけない
俺はそれをしないときっとこれから先もずっと前になんて進めない
「金井」
「ん?」
俺の声に俯いていた顔を上げた。
目元が少し赤くなっていることに気づく
また、心臓がギュッとなった。
「しばらく、写真の被写体休ませてくれ」
俺のやるべき事はまず逃げ続けてきたあの人に向き合うこと。
それから、ちゃんとこいつの気持ちと自分の気持ちにも向き合うことだ。
「え?」
「休むって言ってもいつまでとかはっきり分からない。ギリギリになるかもしれない。でも、ちゃんとお前との約束守るから。受けたからには、最後までやるから。だから、待っててくれ」
俺に、時間をくれ。
「……それが伊澄さんのしたいこと?」
「ああ」
そう返すと金井は了承するように頷いて微笑んだ。
けれど、それは作り笑いだった。
気づいてしまった。
その表情を見てチクリと傷んだ心臓に、もう言い訳はできないなと思う。
「待ってていい?」
「待っててくれないと、少し、困る」
そう言えば金井は瞳をきょとん、と丸くしすぐに吹き出して笑った。
涙まで流して笑う金井に多少…いや、大分ムッとするが
自然な笑みにほっとする。
さっきまで、あんなに腹を立てていたというのに本当に不思議だ。
「俺、待ってるから。俺の話、早く聞いてね。」
そういった金井は、今まで見た中で一番綺麗に笑っていた。
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